ぽっく・ぽぽっく・ぽぽぽっく
チリン。
チリン、チリン、チリン。
鈴の音が一度では終わらなかった。
途切れることなく次々と重なっていく。まるで雨粒が地面を叩き始めるような、そんな音の連なりだった。
「え〜!わっ、すごい!まだ鳴ってる!」
メアリは思わず声を漏らした。
一つ目小僧も猫又も揃って音のする方の茂みへと視線を向ける。
がさ、がさがさ。
草が揺れた。一箇所ではなく、あちこちで同時に草が揺れている。
「な、なにこれ……大丈夫なの?」
戸惑うメアリの前にまず一体、小さな影が姿を現した。
背丈は膝丈にも満たない。蕗の葉を頭から被り、丸い顔に、くりっとした瞳。手には小さな木の鍬のようなものを握っている。
「ぽっく」
短く鳴くような声が聞こえた。
続いて、二体目、五体目。
がさがさ、がさがさ、がさがさ。
茂みという茂みから、次から次へと同じ背格好の小さな影が湧いて出てくる。
「ぽっく、ぽっく」
「こぽっく」
「ぽぽっく」
あっという間に、メアリの周りは小さな影で埋め尽くされていた。十や二十では、到底きかない。
「いきなり……多すぎない?」
猫又が、感心したように尾を揺らした。
「初めて見ました!コロポックルでございますね。蕗の葉の下に住まう、小さき民」
「こんなにいっぺんに来ちゃうものなの……?まだ住むとこもないのに」
「主様のお力次第では、こういうこともございます。中々に、豪気なことで」
コロポックルたちは怖がる様子もなく、ぱたぱたとメアリの足元に集まってくる。一体が履いている靴の紐をきゅっと引っ張った。
「ぽっく」
「あ、こら、くすぐったいよ」
思わず笑ってしまう。
別の一体は垢嘗めの長い舌を興味深そうにつんつんと突いていた。垢嘗めもまんざらでもなさそうに、そのままじっとしている。
さらに別の一体は、綱切りのハサミの先端をよじ登り、器用にてっぺんでバランスを取っていた。
「……なんか、すごい賑やかになったね」
呆然と呟くメアリの隣で、一つ目小僧が、嬉しそうに手を叩いていた。
「ん!」
「うん……そうだね」
まだ状況が飲み込めないまま、メアリは足元を埋め尽くす小さな仲間たちを見渡した。
猫又がすっと前に出る。
「主様。彼らは手先が器用で、土いじりを得意としております。畑を耕すにも家を建てるにも、この頭数は大きな力になるかと」
「……そっか。畑とか家とか、これからどんどん必要だもんね」
メアリの声に少しずつ実感が滲んできた。
昨夜までは逃げることしか考えられなかった。
今は、目の前にこれだけの手がある。
「じゃあ、みんなで頑張ろうか」
「ぽっく!」
「ぽぽっく!」
小さな声がいっせいに重なった。
葉耳兎が少し離れた岩の上から、その様子をじっと見つめている。猫又がその視線に気づいて、小さく目を細めた。
(この山も、賑やかになりそうでございますね)
胸の内で、そう呟いた。
――
「さて、と」
メアリは腰に手を当てて、改めて辺りを見回した。
「まずはみんなで寝られる場所、探さなきゃだよね」
猫又がすっと前に進み出る。
「では、ワタクシがいくつか目星をつけて参りましょう」
「あ、私も一緒に――」
「主様は、ここでお待ちを。足場が悪うございますので」
「え、あ、うん……」
有無を言わさぬ物腰に、思わず頷いてしまった。
猫又が、しなやかな身のこなしで岩肌を登っていく。その後を追うように、一つ目小僧、垢嘗め、唐傘お化け、網切りも、それぞれの得意なやり方で散らばっていった。
コロポックルたちも、ぽくぽくと小さな足音を立てながら、あちこちの茂みへ消えていく。
残されたのは、メアリと、岩の上からこちらを窺う葉耳兎だけだった。
「……賑やかだね」
話しかけると葉耳兎は、ぴこん、と耳を動かした。答えているのかどうか、よく分からなかったけれど、なんとなく嬉しい気がした。
――
最初に戻ってきたのは、垢嘗めだった。
「なめなめ!なめー!」
興奮した様子で、メアリの服の裾を舌でぺろぺろと引っ張る。
「え、どうしたの?なにか見つけたの?」
案内された先は、麓に近いこぢんまりとした洞穴だった。入口はそう大きくない。
覗き込んでみると、中はじめじめと湿っていて、壁のあちこちに苔がびっしりと生えている。
(なるほど……垢嘗めくんが好きそうな感じする)
「湿気てるけど、悪くないかもね」
「なめなめ!」
嬉しそうに尻尾の代わりに、舌と体全体をぶるぶると震わせて喜んでいる。
「……でも、ここで寝るのはちょっと辛いかな」
「な、なめ……」
一気にしょんぼりする垢嘗めを、慌ててよしよしと撫でた。
――
次にやってきたのは、唐傘お化けだった。
〘みつけた〙ファサッファサッ
案内された先は山の中腹、切り立った崖の途中にある洞穴だった。
「え、あんな高いところ……?」
見上げるだけで、目が眩みそうな高さだった。
〘けしき、いいよ〙
「景色はいいと思うけど……毎日あそこまで登るの、大変じゃないかな」
〘がんばる〙
「気持ちは嬉しいけど……」
苦笑いしながら、やんわりと断った。唐傘お化けは、しょんぼりと傘を閉じかけたが、すぐにまたファサッと開き直り、次の候補を探しに飛んでいった。
――
網切りが見つけてきたのは、岩の隙間の狭くて細長い洞穴だった。
「……網切りくんらしいね、これ。網切りくんの秘密基地にとっておこうか」
自分の体型に合わせたような選択に思わず笑ってしまう。シャキン、と得意げにハサミを鳴らしていた。
――
そうこうしているうちに、猫又が戻ってきた。
「主様。おそらく、ここが一番かと」
案内された先は麓からほど近く、入口は大きく中も広々としていた。奥からは微かに水の流れる音まで聞こえてくる。
「わぁ……ここ、良さそう」
「湧き水も近く、日当たりも悪くございません。何より、これだけの頭数が一度に休めるだけの広さがございます」
見上げると天井も高く圧迫感がない。壁の一部は、既に平らに近い形をしていて、手を加えれば、随分と住みやすくなりそうだった。
「……ここにしようか」
メアリが呟くと、いつの間にか集まっていた一つ目小僧、垢嘗め、唐傘お化け、網切り、そしてコロポックルたちがいっせいに頷いた。
「ぽっく!」
「ぽぽっく!」
「なめなめ!」
わいわいと騒ぎ始める仲間たちを見て、メアリは、思わず頬を緩めた。
「よし。じゃあ、ここが私たちの新しい家ね」
洞穴の入口に立ち朝日を背に受けながら、メアリは静かにそう呟いた。
まだ何もないし、何も整っていない。
けれど今はやる事が沢山あるだけで気持ちが落ち着いた。




