ぬらりひょん
「…お乗りくだしゃいませ、主しゃま〜」
気付いたら神輿が私の直ぐ側に置いてあった。
ただの神輿かと思ったが、可愛らしい声が聞こえてきたので、そこでようやく付喪神だと気付いた。
辺りは妖怪だらけになっていて、祭囃子のような音もどんどん大きくなっていた。
「当然でございまし、主様は総大将でございますよ。さあさあ始まります!私どもの愛する主様の為だけの、世にも奇怪な百鬼夜行!」
ろくろ首と産女が手を取ってくれて、私は神輿に乗り込んだ。
古びた神輿が誰に担がれるでもなく、独りでに宙へ浮き上がる。飾り金具がしゃらしゃらと鳴り、屋根の鳳凰の目に、ぽつりと灯りが点った。
とても癒される木の香りがした。
「浮いたっ…!」
神輿は静かに確かな力強さで、宙を進み始めた。垢嘗めと一つ目小僧が、脇を守るように併走する。
「あっ!ちょっと待って。城から離れていってるけど、これであってる?酒呑さん達、置いてっちゃってる!」
「主しゃま。酒呑童子様、茨木童子様、九尾の御方は、それぞれにお役目が御座いましゅ」
「そう、なんだ…」
突然、神川リオンが一太刀のもとに、一つ目小僧の首を断ったことが頭をよぎる。
宙を舞う頭。他の三人も千切られた。その瞬間がフラッシュバックしてしまい、息が苦しくなった。冷や汗が額に滲んで動悸が止まらない。
(くるしい、くるしい!)
みんなが生き返ってホッとした心の隙間。恐怖は一般人の私の心に付け入り、棘を刺しながら絡みついてくる。
自分の胸にまた剣が突き刺された感覚がした。
(息が、できない、こわい!)
その時、一つ目小僧がお神輿に乗り込んできた。にっこりと微笑むと、私の手を握って隣に座る。
〘そばにいるよ〜〙ファサッ
神輿の外では唐傘お化けもくるくると回転して、おどけてみせる。
(…みんな、ごめんね。総大将がこんなで)
自分の情けなさに嫌気が差す。酸素過多で目も開いていられず、申し訳ないと思いながらも一つ目小僧の頭に寄りかかった。
「黙っていーよー?」
一つ目小僧がコソッと喋った。
大妖怪を置いて百鬼夜行は進んでいく。
──
王城にて。
「なんか外、すごい音しない?」
夜になっても続く歓迎パーティー。そこへ出席し、立食会が開かれている会場で、板垣美子が外を気にしていた。
「ほんとだ。なんか、太鼓みたいな音するね」
それを聞いた山田櫻子も音に気付いた。
「わわわっ、なんかすんごい振動した。花火かな」
「こんなに歓迎されても、なんか逆に怖いね」
そんなことを話している二人だが、城の兵士がざわついていることに気付いた。
食事や接待に夢中になっていた、他のクラスメイトも異変に気付き始めている。
その時、メイドに話しかける見覚えのない老人が目にはいった。
「ひゃっひょ。もっと美味い酒を用意しぇ。今宵は大事な宴ぞ。皆も、もっと飲んで騒いで踊れやせんかあ。あ、それ、ヨイヨイ」
尊大な態度で給仕に絡んでいる老人に気を取られ、気付けば外の音のことを皆忘れていた。
「ひゃっひょ。つまらん音を奏でるにゃあ!肉を焼いて来い。それとついでに湯も沸かせぃ。湯浴みに酒を忘れてはならぁぬ」
突然現れた老人は、オズモ王国の関係者らしく、しかもかなり位の高い人物のようだった。
「あれ、だれよ」
「知らなーい。見たこともない」
「王族だったりして」
「んなわけあるか」
「俺は王様より上。先代の王だと思うな」
「あんな和装の貴族いるかね、異世界に」
クラスメイトがみんなその老人に注目していた。見た目の年齢とは裏腹に、バクバクと並んでいる料理を平らげていく。戸惑う給仕を他所に、給仕の持つお盆に並んだワインを次々と飲み干していく。
「それにしてもさ、めちゃくちゃ頭長くね?」
「…病気かな?」
「なんか、あの爺さん――」
――ぬらりひょん、みてぇ
その時、会場に兵士が流れ込んできた。ただならぬ雰囲気を出している。その中には兵士の中でも階級の高い者も多数いた。技能開示の儀にも出席していたその兵士が声を上げる。
「パーティーは中止です。大罪人、赤木メアリが脱獄しました!既にカンナバリカ様により対処はされておりますが!皆様、危険ですので部屋に戻ってください」
会場がざわついた。
「ッ!?その人物から離れて下さい!」
そう言うと兵士は剣を抜き、武装もしていない老人を囲い出した。
「貴様!どうやって城内へ入った!!何者だ!」
老人は問われると、しゃぶりついていた鳥の骨を咀嚼もせずにごくりと飲み込んだ。
「儂か?」
――儂はこの城の城主である
「なに、をっ……」
剣を構えていた兵士の切っ先が、微かに震えた。
「儂が、この城の主だと言うておる。まさか、この儂を忘れたとは言うまいな」
ぬらりひょんは、金属製のコップに入った酒を飲み干すと、そのまま放り投げた。
カラン、と乾いた音が床に響いた。
「城主……?」
兵士は止まった。止まらざるを得なかった。
問おうとした瞬間、頭の中に様々な記憶があることに気が付いてしまったからだ。
この老人が長い事、この城に住んでいたという記憶が。幾度となく話した感覚が。
今朝も、昨日も、一年前も。この老人はここにいた。もちろん、城主として。
「……失礼いたしました、城主様」
「うぅむ!苦しゅうなあい!!」
剣を下ろし、深々と頭を下げる兵士。
つられるように、周りの兵士たちも次々と膝をつき始めた。
「なんで頭下げて……って、あっそうか。城主だからか」
「…なぁんだ、城主様か」
板垣美子と山田櫻子が、困惑したまま立ち尽くす。頭ではわずかに疑問を抱いているのに、体が勝手に納得してしまっている。まるで、最初からそうだったかのように。
そして、その疑念はやがて溶けて消えていった。
「ひゃっひょ。よいよい、面をあげよ。今宵は宴ぞ。」
満足そうに笑うぬらりひょんの頭が、松明の灯りに照らされて、ぬらりと光る。
――
Side 新田 茜・大塚 心子
「あぁ〜、極楽だわ…浄土系の風呂かと思ったわ。しらんけど」
「つーか、風呂長すぎ。よくのぼせないね。召されてもしらんぞー」
茜の長風呂に付き合っていられなくなった心子は、一足先に風呂を出ていた。
脱衣場でメイドに、ドライヤーのような魔道具で髪を乾かしてもらっていた。
仕方なく浴槽から上がった茜は、全身をメイドに拭かれながらも、それを相手にもせず、止まることなく歩き続けた。
水が床にぼたぼたと垂れているが、気にした様子はない。
「冥土の土産にこれをおーくれっ。メイドだけに。って私の手で包めるんかーい」
「なっ!やめい、茜!折角、乾いたのに!また濡れるだろ!」
茜は心子を背後から抱きしめると、両の胸を掌で包んだ。心子は濡れるからやめろと口にしたが、内心は茜に苛立っていた。
(手で包める?また馬鹿にしてんの?自慢ですか?ただの脂肪袋のくせに、うっざ)
へらへらと笑顔を装い、茜を手で制していた。
その時だった。
――なッ!?
心子の瞳が、大きく見開かれる。
手のひらから、ぽとりと化粧水の瓶が滑り落ちた。
「んあ……心子?どしたん、急に。冗談だってばよー。怒んなよー」
「ちょ、ちょっと待って……え、なにこれ」
心子は鏡の前で固まっていた。
それは鏡に映る自分を見ているわけではなく、頭の中に勝手に流れ込んでくる映像を観ているからであった。
【自己中心的普遍予知】
視えたのは、今この瞬間の光景ではない。これから訪れる、心子自身の未来だ。
広間に立たされる自分。他のクラスメイトたちと並んで、頭を垂れている。
目の前には、老人の姿をした何か。剃り上げたように伸びた後頭部。人間の皮を被った人ならざる気配。
「ねー、ここっちー。なんなん?」
「まって、ガチのやつ。技能発動中!!ヤバいヤバいヤバいヤバいエグいって!!!」
更に場面は進み、老人が持ってる杖を床に打ちつけたシーンから始まった。
すると床から巨大な蜘蛛の形をしたモンスターが現れ、クラスメイトが笑顔のまま食われていく。
更には、他にもモンスターが現れこう言った。
「感謝する。ぬらりひょん」と。
ゆっくりと迫る蜘蛛の口の中。そのあまりの迫力に心子は現実との境が分からなくなり、大声で叫び声を上げていた。
――
しばらく放心した後、心子は事の真相を茜に喋りだした。
「えっっっぐすぎ。城、乗っ取られるわ…」
「なに言ってんの。他の奴らだって技能持ってるし、城の面子も強いみたいだし、そんな事ないっしょ。とりま落ち着きなよー」
「落ち着けるわけないじゃん!言ってなかったけどさ!!私の予知、自分に関係ある事にしか発動しないの。それが今、勝手に発動したんだよ!?全部これから起こること見たの!!信じてよ!!茜だって……美味しく頂かれてたんだよ!?」
茜の表情から、笑みが消える。
「なーる……ガチのやつか」
「マジ。ガチ。初めて発動したけどさ。なんかもう、勝手に脳に流し込まれてくる感じ。あんなキモい映像初めて見た。ん…そういえば、あの爺さん。ぬらりひょんって呼ばれてたな」
それを聞いた茜は、大きく育った胸を張り、少し首を横に傾け左手だけ腰に当てると、軽くため息をついた。
「ほーん……んなら、そいつ――」
傷んだ金色の髪から、雫がぽたりと滴り落ちる。
――壊すか。




