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悪役令嬢をしなかったら冤罪で追放されたので、護衛騎士と一緒に王国をひっくり返します  作者: 重田いの


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8

 

 ミストリオス公爵家は王国の柱だが、その柱が立つ土台は貴族たちの連帯意識だ。貴族とは群れるもの。高位貴族を筆頭に、中小貴族が同心円状に派閥を組み、互いに守り合っている。


 だからミストリオス公爵家は敵も多いが味方も多い。父が、母が、兄が、これまでどれほどの恩を貴族たちに売ってきたかなんて、誰でも知っている。


 今名前が挙がった彼らも、派閥こそ違えど色んな人が恩義を感じているはずだ。誰かが助けていいはずだった。

 なのに、誰も動かない……声を上げない。異常だ。


「王権への恐怖?」

 私は言った。そのくらいしか思いつかなかった。


「違うな」

 バルトロメオが太い首をゆっくり左右に振る。

「黙らされてる感じじゃねえ、むしろ――全員が納得してる」


 私はぞっとした。背筋を冷たいものが這い上がる感覚。

「そんなこと、ありえないわ……」


 そうだ。こっちを立てればあっちが立たず。だから王家は不自由で、世知辛いものなのだ。

「つまり、全員がこの処遇が正しいことだと思い込んでいると?」


 シドが不愉快そうに頬杖をついた。

「これだけの貴族が、この短期間で地位を失ったというのに? お嬢様が追放されて、まだ二か月半だ。これはありえない」


「ああ。ありえない。だが起こっているんだ。俺たちが気づくのが遅れたのも、これほど反対が目立たなかったせいと言えるな」

「クソッ……」


 シドはだんと机を叩いた。私は飛び上がりそうになったが、お腹に力を入れて耐えた。

「いったい何が起こってるっていうんだ?」

「わからん。ああ、それと、ややいいこともあるぞ」


 バルトロメオは突然、口調に茶目っ気を滲ませる。

「オーリン坊やの所在が判明した」


 私は椅子の音を立て立ち上がった。

「お兄様!」

 声が裏返った。


「ご無事なのですか!?」

「ああ。生きてる」

 胸を抑えて机に突っ伏す私を、シドがおずおずと抱きしめてくれる。


 嬉しさと不安と安堵と、それから名前が付けられない涙の温度のかたまりが同時に押し寄せてきて、胸がいっぱい。


「元気? 病気してない? 怪我は?」

 ひっくひっく喉が痙攣する。それを押し殺しながら聞いたので、ひどい声が出た。


「ああ。実際に世話役に接触した奴が言ってたからな。間違いなく五体満足だろう」

 私は顔を覆った。両手の中で、目の奥が熱くなる。


 ――よかった。本当によかった。


 父と母も心配だった。でも、まさかさすがにミストリオス公爵家の当主夫妻を直接害する者はいないだろう。名誉ある地位に加え、王族の血縁者だ。


 でも兄はまだ爵位を持たないし、より過酷な扱いを受けがちな魔法使いだ。本当に、心配していた。

 でも生きているんだ……。

 その事実だけで力が抜け、私はシドの手に身体を預けた。


「どこに?」

 震える声で聞いた。

「ベネド塔です」

「……そう」


 私は唇を噛んだ。両親は王都の王宮地下の獄中に。そして兄は、ベシャール地方に名高い監獄、ベネド塔に。


 王都は国のほぼ中央にあり、ベシャール地方は東方の辺境である。黒鷲砦は王国の南にあるパトラ山脈の山岳地帯。こんなに早く情報が集まっただけ上々というべきだ。


 でも、居場所が分かった。ならば、と私は顔を上げる。

「助けられる可能性がある、と思っていいのかしら?」

「兄貴を助けるなら早い方がいい」

 バルトロメオは言った。


「だがベシャール地方は遠いし、ベネド塔の警備は王宮なんか目じゃないくらい堅固だぞ。何しろ政治犯や代々不始末をしでかした王族を捕らえる場所だからな」

「わかってます。でも、私にできることがあれば――」


「ない。ここから先は俺たち騎士の出番だ。お嬢さん、あんたにできることはないよ」

 私はぐうの音も出なかった。


 それからも会議は続いた。私は出席し続けた。すぐに、私という人間が必要とされているのではなく、ミストリオス公爵の血を継いだ者がこの場にいることが彼らにとって重要なのだとわかった。


 今は山賊に身をやつしていても、もとはと言えば正当な王家の騎士だった人たちなのだから――。


 そういえば、と私は気づいた。十五年前、本当は何が起こったのだろう? これほどの密偵を王都に放ち、こんなにも情報を集めることのできる人たちが、なぜ表舞台から退いたのか?


 考えても答えは出ないし、たぶん聞いても答えてもらえないだろう。だから、私は大人しく膝に手を置いて会話を聞いた。ひとつも聞き漏らすまいと思って神経を張り詰めた。


 やがて昼も過ぎた頃にようやく会議は終わり、私とシドは退室する運びになった。

「ふはあっ」

「おお、ヴィーちゃん。長い間突き合わせて悪かったな。疲れたろう」


 まるっきり子供扱いである。

「大丈夫よ!」


 私は必死に取り繕って、一人で大きな扉へ向かった。


 私の後へ続くシドに、バルトロメオが低く囁いたのが聞こえた、おそらく偶然に。男たちの話声が一瞬だけやんで、私に聞かせるつもりのない声が聞こえたのだ。


「では今夜」

 私はノブを握ったまま立ち止まる。体がきゅっと固まった。

「予定通り」

「分かってる」

 シドがいい、バルトロメオが答える。


 ――何かあるんだ。でも私は振り返らなかった。振り返れば、何を隠しているのって問い詰めてしまいそうだったから。


 でもできなかった。……自分じゃなくて、自分の側だけ、肩書だけ、家名だけが必要とされていることなんて、慣れているつもりだった。ただ私は後ろ指指されたくなくて、それだけだった。

 でも、今は胸の奥が冷えている。氷の塊を飲み込んだような、そんな感覚だった。


「あっ、お嬢さん!」

 だから私は、シドがついてくるのを待たずに会議室を後にした。


 客間に戻ってからも、胸の冷たさは消えなかった。ベッドに腰掛け、窓の外を眺めた。山々が遠くに連なり、水色の空に雲が薄く流れる。

(シド)

 ――何を、計画しているの? 私を置いて、何をしようとしてる?


 考えれば考えるほど、不安が募った。なんとなく、私は彼にとって重荷だろうと分かっていたからかもしれない。


 ほどなくしてノックの音がして、マリアンがにこにこと入ってきた。

「おまちどおさま。お昼ご飯だよ。大したものじゃないけど……」

「マリアンさん!」


 私はたまらず、立ち上がって彼女に歩み寄る。勢いがついていたら抱き着いてしまったかもしれない。

「あの……あの、」


 何か言おうとして、言葉は出なかった。私はこれまでずっと幸せで、受け身だったから。マリアンはあたふたする私を眺めていたが、やがてふっと笑った。


「待っといで。あたしの分を取ってくるから」

「ええと、あの……お忙しいんじゃ」

「いいよう。お話しながら食べましょう」


 私はたまらず、こくこく頷く。彼女はふっくらした頬を持ち上げて、優しく片手を上げた。

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