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頭領の部屋だという広い円形の石をくりぬいた部屋に通された私たちは、バルトロメオの妻だという女性から温かいお茶をもらった。ほっとする。手の指先に血が戻っていく。
室内は案外整えられており、絨毯もあればタペストリーもある。壁に彫られた物置棚に置かれっぱなしの武具がやや無骨だけれど。殺風景というわけではなかった。
「で?」
とバルトロメオは笑顔だった。
「俺の友達ジークフリードを牢屋にぶち込んだアリサって女、何者だ?」
「……ご存知だったんですね」
「あたぼうよ」
絨毯の上に直で座って、胡坐をかくバルトロメオは不機嫌そうだった。
「ここをどこだと思ってる? 裏社会の中央。王国の後ろ暗い情報は全部集まるところだ。王都に異変があったことなんてお見通しよ」
「それで、騒ぎを大きくしないようにあんな言い方を。ありがとうございます」
「いや? 本気で駆け落ちかなーとも三割くらい思ったけど」
「ぴいいいいいいいい」
「頭領、お嬢様がまた壊れるんでやめてください」
シドが素早くお茶請けのナッツを数粒掴んで私の口に押し込む。きいいい、おいしい。
「ひとまず、どこまでご存知なのか伺っても? バルトロメオ頭領」
バルトロメオは頷いて、お茶をぐびりと飲んだ。
「王都の密偵網がおかしくなったのが一か月と半月前ほどのことだ。ヴィオレッタ嬢ちゃんが追放されたなんておかしい情報を持ってきた、そのすぐあとだな。アリサってえおかしな女が王都の学園に入り込み、高位貴族の子息たちを次々篭絡。婚約破棄された令嬢は数知れず、泣き寝入りさせられた者も多い、と。ここまではヴィーちゃんも知ってたろう?」
と言われ、私は動揺した。
知っていた、けど。何か被害者の力になったり、助けてあげようとは思わなかった……。だって、それはゲームの進行上仕方ない弊害だと思っていたから。
私は自分が危うくなるまで、動こうとも思わなかったのだ。
たくさんの令嬢がアリサに煮え湯を飲まされていたのを、知っていたのに。
「なるほど、知ってたんだな? だがまさかミストリオス公爵家の令嬢たる自分にまで火の粉がかかるとは思っていなかった、と。そしたらそのまさか。ヴィーちゃんも安泰というわけではなかったわけだ」
「頭領、そんな言い方は……!」
「――いいえ、その通りですわ。反省、しています」
家族が投獄されるまで、辺境でのんびり暮らしていけるかもと思っていたなんて。お笑い種だ。
私には公爵令嬢としての気概も、王子の婚約者であるという自覚もぜんぜんなかった。――ただ自分が悪者になりたくがないために。
しょんぼりと肩を落とした私の背中を、シドが慰めにぽんぽんと叩く。
バルトロメオは続けた。
「まあミストリオス公爵家はこれで潰されたと言うことになると思うんだが。それにしてもこの速さは異常だ。王子の暴走だとしてもおかしい。王と王妃がいない間に若い王子が好き放題をするにしても、明らかに度が過ぎている」
「俺もそう思います。王家を抑える役目を受け持つミストリオス公爵家の当主夫妻を捕らえ、投獄するだなんて。……王家に物申すつもりはありませんが、ルパート王子はそんなに頭が回る方でも、思い切ったことができるたちでもありませんでした」
私も頷いた。
「おそらく誰かが……いいえ、もうわかっています。アリサ・デュルマが裏で王子を焚きつけているのだと、私たちは二人とも考えています」
「と、思う他ないわな。とすると、あんな弱小男爵の妾っ子がそれほどまでにルパート王子の心を掴んだのはおかしい、という話になる。貴族どもが誰も動かねえのもおかしい。ミストリオスが潰されたなら、世話になった貴族の半分は剣を抜くはずだ。なのに誰も動かねぇのは――何かが起きているんだろう。だがその何かが掴めねえ」
「デュルマ未亡人が――」
私は思わず身を乗り出してしまった。
なんとなく、話がつながりつつある、と思った。つまり、ゲームの拘束力みたいなものがあるとしたら? ゲームのシナリオ通りにこの世界を結末まで運んでいこうとする、目に見えない力が働いているとしたら。もしそうなら、おかしくないことになる。
でも、それを二人にどう説明すればいいのかわからない。ええと、とつまずきながら私は説明する。
「未亡人はおっしゃいました。アリサがいると周りの男たちがおかしくなったそうなんです。母親のメイドにはその能力はなくて、ただ娘だけがそんな不思議な力を持っていたそうです」
ね? とシドを見る。彼もまた指を組んで考え込んでいた。
「歴代の【宝石姫】にそんな能力がある方はおりましたか? つまり、他人に直接影響を与えるような魔力を持った人がいたという話は」
「いや。俺は聞いたことがないな。知る限りでは、【宝石姫】の能力は宝石を生み出せるというだけで、それ以外の魔法の素養を持つ者はいなかったはずだ」
うーん、考えても答えは出ない……。
私たちは言葉を失った。
「ま、とにかく!」
バルトロメオは明るい声を出す。
「うちまで逃げてこられたのは重畳だった。まずはゆっくり休んでくれ。今後どうすべきかは、また考えよう」
「は、はい。わかりましたわ。お世話になります」
「お世話になります、頭領殿」
私たちは、揃って頭を下げたのだった。
***
夜。
ヴィオレッタが寝付いたのを確認して、シドはそろりと寝床を抜け出した。
砦の物見櫓に出ると、バルトロメオは星を眺めている。
「やはりここでしたか」
「お。――これはこれは。お出ましいただくとは」
バルトロメオは昼間とは打って変わってシドに向かい丁寧に頭を下げた。
「よしてください。俺はただの騎士ですよ」
「ハ。言いやがる。が、ありがたくざっくばらんにいかせてもらいやしょう」
二人は並んで星を見、風を浴びる。頭の中は忙しく、それぞれの思惑にふけっている。
「まさかまたここに来ることになるなんて」
「ミストリオス公爵家では、うまくやっていられたんですかい?」
「ええ、そりゃあもう。お嬢様に振り回されっぱなしで、うまいも下手もあったもんじゃありませんでしたよ」
ハハハ、とバルトロメオは笑った。どこか寂しそうな笑いだった。
「……立派に育ってくれて、よかったよ。あんたも、ヴィーちゃんも」
「はい。公爵には心から感謝しています」
「これからどうするつもりだ?」
「お嬢様を預かってください。俺一人で、公爵夫妻を助け出します」
「でもなあ。あのお嬢ちゃんがそんなことを言って聞くかねえ?」
「ええ、ですから。お嬢様が気づかないうちにここを立とうと思っているんです。きっと怒って泣くでしょうが……」
ふっとシドは愛おしそうに目を細めた。白皙の美貌にほのかに朱色が昇り、愛というより憧れを見る目で彼は届かない星を眺める。
「ヴィオレッタ様が安全なところで、安心していてくれるなら、俺はそれでいいんです」
「たとえ王族の婚約者だったとしてもかい?」
バルトロメオの低い声にシドは答えない。代わりに、木の欄干にもたれかかって首を傾げた。
「そういえば、いったいいつミストリオス公爵家にいらしていたんです? 俺は全然知りませんでしたよ」
「そりゃあまあ、大人の事情ってやつで。あんたが公爵家に行く前も行ったあとも、色々あったんで」
「うわ気色悪いな。肩をすくめるなよ」
「ガッハッハッハ」
そんなことを話しているうちに、宵闇は更けていった。
シドは心のわだかまりがひとつ、溶けた気がした。いつかバルトロメオと話したい、過去のことを謝りたい、とずっと思っていた。とうの過去の話はできなくても、少し重荷が外れて気がする。
(お嬢様)
星の光を浴びながら、美貌の騎士はただそれだけを思った。
(あなたを、きっと――守って見せるから)
誰にも知られない、それは誓いだった。




