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悪役令嬢をしなかったら冤罪で追放されたので、護衛騎士と一緒に王国をひっくり返します  作者: 重田いの


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5

 

 未亡人の館を出ると、空はすでに夕焼けだった。街には人っ子一人いない。未亡人の哀しみに共鳴しているのか、王都にいるアリサを恐れているのか……。


 シドが荷馬車を引いてくる。ロバは疲れて不機嫌である。

 私は乗り込まず、腕を組んで考え込んだ。


「お嬢様?」

「黒鷲砦へ行くわ」


 シドが固まった。

「……本気ですか?」


「この目が冗談に見える?」

「山賊のねじろですよ?」

「だから行くのよ」

 私は肩をすくめた。


 黒鷲砦。王国の南、パトラ山脈の山岳地帯にある天然の要塞。十五年前の内乱で敗れた騎士団の残党が立てこもり、そのまま居着いた場所だ。


 彼らは誇りを忘れた騎士のなれの果てである山賊で、あまりに急峻な山々に立てこもられ手が出せず、どうせ貧しい土地だからそのうち飢え死にするだろうと放置されている――と、学園ではそう教わる。


 だが実情は違う。密輸。情報売買。逃亡者保護。非合法輸送。


 表に出せない仕事を請け負う者たちが住み着いた裏社会の中心地であり、王国中の裏情報が集まる場所である。

 もちろんゲームにも出てきたし、山賊出身の攻略対象もいた。あんまり人気がなくて季節イベントに一回出ただけで終わったけど。


 でも、私がそれを知ったのは前世を思い出す前だ。

 幼い頃、まだシドがうちに来る前、お父様から何度も聞かされたのだ。


「彼らはお父様のお友達なのよ」

「はい?」

「だから、黒鷲砦の悪人たちはお父様の若い頃の悪友」


「ミストリオス公爵閣下の?」

「そーよ」

「山賊が?」

「元騎士よ」

「山賊って山賊ですよ!?」


「じゃ、やめる? いいわよ、私だけでも歩いてでも辿り着いてみせるんだから」

 シドは額を抑え、深々とため息を吐いた。


「……本当に行くんですね」

「うん。止めても無駄」

「でしょうねえ!」


 それで、そういうことになった。


 辺境地帯から一週間、荷馬車をゴトゴト走らせる。ロバは働かされすぎてハンストしそう。


「ねえこのロバ、ひょっとして荷馬にするには年を取りすぎてるんじゃない?」

「実は俺もそんな気がしてました」

「なんでこんなの買ったのよ!?」

「俺、騎士ですよ! 馬ならともかくロバの目利きはできませんって!」


 ぎゃあぎゃあ喧嘩しながら、なんとかかんとか国境であるパトラ山脈のふもとにたどり着く。


 黒鷲砦は山の奥の奥にあった。荷馬車はもったいないが、ふもとの村に引き取ってもらった。すずめの涙の金額で売れた。ロバにとってはこっちの方がいいだろう。


 長い細い険しい山道を、シドに手を引かれながらぜえはあ登っていく。ときどき、足が滑って私が落ちそうになるので、最終的にはおんぶしてもらったりした。申し訳ない。


 そして現れたのは、切り立った崖の上の巨大な石造りの城塞だった。木製の見張り台が増設され、崖を渡るには吊り橋がひとつだけ。向こう岸には武装した男たちが集まりつつあった。あんまり聞き取れないスラングと、下卑た怒鳴り声がワンワン響く。


 完全に山賊のねじろ、そのものである。

 私はビビリ散らしてシドの背中に隠れた。


「こわあ……」

「だから言ったでしょう。帰りますか?」


「冗談。今更でしょ? 行くわよ」

「足が震えてますよ、お嬢様」

「うううう」


 それでも私は、揺れる吊り橋に足をかける。シドは呆れながらも私の背中を守るようにして後ろに続き、私が進めなくなるたびはっぱをかけてくれた。


 なんとかして、渡り切った途端、門の前で十数人の男たちに囲まれる。全員が武器持ちだった。斧。弓。槍。剣。抜かれていないがどれもこれも使い込まれて黒光りしている。皆、顔や身体に傷あとがある歴戦の戦士の顔だった。


「何もんだ? 女先に行かせて盾にしやがって、ふてえ野郎だな」

 と鼻を両断しそうな傷がある大男が唸った。どうやらシドの方に主導権があると思われているらしい。それもそうか、明らかに薄汚れた二人、小娘と一人前の男だもの。


 私は一歩前へ出た。スカートを整え、すう、と息を吸う。

「わたくしはヴィオレッタ・ミストリオスです」


 沈黙が満ちた。

「……はぁ?」


「ミストリオス公爵家の娘です」

「冗談言っちゃいけねえよ」

「冗談ではありません。わけあってあなた方を頼ってやってまいりました」


 男たちは顔を見合わせうろたえた。

「いや、帰れや」

「物見遊山じゃねえぞ」

「王都はあっちだ」

「迷子か?」


 失礼だな。迷子ではない。目的地に着いている。

「お父ちゃんの武勇伝に憧れちまったんじゃねえの?」


 あー、みたいな声が巻き起こる。

 納得するんじゃない。ますます失礼だな。あとお父様、若い頃何やったの。


「バルトロメオ殿にお会いしたいのです」

 違う種類の沈黙があった。バルトロメオの名前は、普通、表に出てこない。私だってお父様に聞かされていなかったら知らないはずだった。


 低い声で、唸るように男たちは言う。

「その名前を出したら、後戻りできねえんだぞ」

「知ってますわ。覚悟の上です」


 緊張感がじりじり高まっていく。シドが腰の剣に手をかけた。一発触発。その瞬間、砦の奥から大声が響いた。

「ピイピイうるッせえぞお前らァ!!」


 男たちが一斉に振り返った。人垣が割れる。


 人を押しのけるようにして、大柄な男が歩いてきた。白髪と白髭がもみあげで繋がっている。熊みたいな体格で顔中傷だらけ。上半身裸なのはなんでだろう。下半身も、革の腰巻と脛宛で着替え途中みたい。どう見ても山賊の親玉だった。


「何の騒ぎだァ?」

 男は胸毛をわしゃわしゃかき回しながらダミ声で言った。


 そして私を見つけた。

「……あ?」


 私はとりあえず、スカートを持ち上げ礼をした。顔を上げた。

 親玉は首を傾げ、あ! と叫んだ。


「……ヴィオレッタちゃんか? エレオノーラと同じ仕草だ」

「え?」


 次の瞬間。

「うおおおおおおおおおおお!」


 地鳴りみたいな声と同時に抱き上げられていた。

「ヴィーちゃんじゃねえか!!」

「ピャ?」

「ちっちゃかったヴィーちゃんだあああ!!」

「きゃああああああ!?」


 私は宙に浮きあがり、違う、胴体を両手で掴まれてぐるぐる回されている。

「でっかくなったなああああああああ! みんな元気かあああ? うんんん?」

「お、おろしてえええええ!!」


 死ぬ。酔う。怖い。頬ずり、髭が刺さる。あ、あと臭い。

 いやああああぴょんって上に飛ばさないでえええええ。


「シドおおおおおおおおおお、シドおおおおおおおお~!!」

「あーもう」


「頭領?」

「お知り合いなんですかあ?」

「えっ、てことは公爵令嬢?」

「お姫様そんな扱いしちゃいけねえですよ!」

 山賊たちは大混乱になる。


 その横を通り抜け、シドがとんとんとんっと頭領バルトロメオの身体を駆け上がった。彼は身が軽いのだ。

「よっと」

 と、私の身柄を取り戻し、またとんっと飛んで地面に着地。私はシドに抱き着いた、というか彼の頭に抱き着いて肩の上に足を絡ませた。


「みあああああああああああ」

「はいはい、あーもう、怖がらせないでくださいよ」


「おおっ? おいおい、美形な男じゃねえか。あ、――さてはヴィーちゃん、駆け落ちしたんだな!? ジークのやつめ、可愛い娘がとられると思って結婚を許してくれなかったんだな。だから俺んとこに二人で逃げてきた、と。なるほどなー!」

「あーなるほど、それなら納得いくわ」

「ははあ、大将頼られてますねえ」

「へええ、お姫様と駆け落ちってやるなああいつ」

「どんなツラだ? うお、ツラいいな」


 などと言いたい放題である。

「ち、違いますよう!」


 といくら私が声を張り上げようとも、声量の違いは明白でかき消されてしまう。

 山賊の頭領バルトロメオは腰に手を当て豪快に笑った。


「ま、ともあれよく来たなヴィーちゃん! ゆっくりしてけよ!」

 ともかく、それで、私とシドはこの黒鷲砦に滞在することを許されたのだった。


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