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その場は解散となった。
お父様たちはジェネット伯爵がやったことを確認し、秘密書類や裏金がきっとあるはずだから探すのだという。私はシドにくっついている限り好きにしていいと言われた。
「シド、この子がどこかにフラフラしたら首の後ろを掴むんですよ」
「お母様、ちょっと!」
「はい、心得ております、奥様」
「ねえシド!」
「あはははは」
「お兄様!」
という一幕を経て、私とシドは王宮の中を歩いていた。
太く丸い砂岩でできた円柱が居並ぶ回廊だった。両側に庭園が広がっている。風は薔薇の香りがする。
「やっと終わったなー」
シドはうん、と伸びをした。彼の一歩は私の三歩だが、歩調を合わせてくれているので十分チラチラよそ見をする余裕がある。
「こんな綺麗なところ、お妃教育受けてた頃も来たことないわ」
「ヴィオレッタ様は王族の生活空間だけに通されていましたからね。ここは使用人なんかがサボりにくるところですよ」
「そういえばシドは王族のいるところには入れないから……って言って、王宮の中まではついてこなかったのよね。誰かに顔を見られるかもしれなかったのに、本当に危ない橋を渡ったわね」
「あはは。面当てしてたから大丈夫だと思ったんですよ……っと」
彼は地面を蹴って池のふちに立った。小石を投げて水面を泡立てるなんて子供の遊びをしている。私はその手前、東屋の欄干に肘をつく。
「ねえシドー?」
「はあい?」
「王様になるの?」
彼は池のふちに佇みながら、しん……と静謐な顔で私を見つめる。どきっとした。
「なる、って言ったらどうします?」
「うん……そうだね」
ふう。
私は空を仰いだ。青く、抜けるように美しく高かった。雲一つない。
もう私も、世の中の道理というものがわかっている。いい加減、子供ではいられない。
私はシドを見つめた。彼もまた、私をじいっと見ていた。
「わかったわ。――諦めるね。シド、今まで本当にありがとう」
「待って待って待って待って。何をどう早とちりした!?」
シドはずんずん歩いてきて私の肘をそれぞれ両手でやんわり捕まえる。
「ひょえ。な、なあに?」
「なあにはこっちのセリフです。今の会話からなんで諦めるなんて言葉が出てくるんです?」
「えっ、だって……」
私の目からほろりと涙が落ちる。シドは声にならない絶叫をして、綺麗な礼装のあちこちパンパン叩いてハンカチを探してる。ないよ。ハンカチを持つ身分の人の服じゃないもん、それ。
――ああ、好きだなあ。と思いながら、私は続けた。
「だって、だってぇ……シド、王様になっちゃうでしょ?」
「う、うん。――あーちくしょう」
綺麗な服の袖口をめくり、シドは裏地で私の頬をポンポンした。
こんな場合じゃないのに嬉しくてにやけてしまう。
「ええと、ミストリオス公爵家が政治に口出ししすぎるのも、そうだと人に思われるのも、よくないでしょ?」
「ええ、それは、まあ」
「でしょ。今のジェネット伯爵家がやったのと同じになっちゃうでしょ。それはだめ。だから――私、シドのお嫁さんにはなれないじゃない」
シドは思いっきり呆れた顔をした。
なによ、とむくれると、彼ははあと顔の半分を手で覆い、続けて、という。
「だから、シドは王様になってよその国の綺麗な王女様とか、もっと別の可愛い大貴族の娘さんとかをお妃様に迎えて、私、私は……うわあああああああん」
「なんでそういう勘違いが出てくるんだ……あー、それともこれ、お妃教育の成果かあ?」
シドはぼやきながら甲斐甲斐しく私を宥めた。
「あーもう鼻水。ひええ、この服いくらするんだよ、まあいいか。――あーほら、えづかないの。かわいそうになー、はいはい」
「ううう……私もう辺境にいくからあああああ。シドの邪魔しないからあああああ」
「え、それは困ります」
「なんでえええええええ」
「そりゃ、俺のお嫁さんになってほしいんで」
「え」
「え?」
私は泣き止んだ。
「何言ってるの? だから、さっきだめじゃないって話をしたじゃない」
「うん。ヴィオレッタの頭の中でできてたストーリーについては話してもらった」
「だから」
「はーああ」
シドは大仰なため息をつき、大きな手で私の頭をがしがし撫でる。
「ぎゃ」
やめてよ銀鎖が、真珠が、糸が切れたら真珠が。
「いいか? ちょっと真剣に聞け」
低い声ですごまれ私はこくこく頷く。大きな手は私の頭の直径をゆうに超え、このまま握りつぶされてもおかしくなかった。
「まず、俺はあなたが好きだよ」
「うそお」
「よーしよしよし、護衛騎士嘘つかない。信じろ。俺はヴィオレッタが好き」
「そうなんだ……」
「そうなの。だからお嫁さんになってください。わかった?」
「ほへえ」
「次に、ミストリオス公爵は間違ってもジェネット伯爵のようにはならないよ。この国には貴族同士の相互監視システムがある。ジェネット伯爵によって破壊されてしまったけどな。アルメイダ公爵家も遠縁から後継者を探して復興させるつもりだ。ミストリオスとアルメイダ、二つの大家が王権を監視するようになれば、王妃の実家が異常な権力を持つなんてことはなくなるはずだ」
「へ、へーえ」
「あと、あなたが受けてきたお妃教育のこともある。あの教育は十年単位で叩きこまれるものだろ? 仮によそのお姫様がお嫁に来てくれたって、あれを一からやらせるなんてかわいそうだろ」
「あー」
そう言われると、とてもよくわかる。私は拳を握って憤慨した。
「それはできないわね! あんな早朝から深夜まで続く教育、よその国のお姫様にやらせるなんて外交問題よ!」
「だろ? だからあなたが適任なんだよ」
私は口を開けて絶句してしまう。
シドは私の前に跪いた。薔薇の香りがして、空はどこまでも高く広く、東屋の大理石の白色が目に映える。そこにシドがいる。黒髪は風になびいて清らかに、紫色の目がきらきらして。
「ヴィオレッタ。あなたを愛しています。俺と、結婚してください」
シドはそう言って、私の右手にキスをした。
私は両手で、シドの手を取る。
それから思いっきり彼に抱き着いて、キスをした。
「う、うおっ」
さすがの体幹で倒れるのをこらえてくれながら、シドは嬉しそうに笑った。私も笑った。嬉しくて嬉しくて、幸せで、胸の奥がぽわぽわして楽しくて。
シドがそこにいてくれることがたまらなくて。
いつまでもそうしていたかったけれど、そのうち人が呼びに来て戻らなければならなかった。
戻った私たちの顔を見て、お父様は娘が嫁に……よよよ……と崩れ落ち、お母様はガッツポーズをした。
お兄様? なんか私たちの後ろで歌って踊っててよくわかんなかったので振り返らなかった。




