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「何から話せばいいのか……」
と国王が口火を切る前に、王妃が立ち上がった。
「ミストリオス公爵」
「マルミリア、座りなさい」
「いいえ、言わせていただきます。――ミストリオス公爵、私はあなたに謝らねばならないことがあります」
自分の手を掴んだ夫を振り払い、王妃は目の前のソファに腰かける公爵を見つめる。
「何なりと、王妃陛下」
「私は――いえ、私の実家、ジェネット伯爵家は百年前、先代【宝石姫】を輩出しました。そして彼女を王妃の座に据え、魔石の産出と王妃の権力、二つをどちらも手中に収めようとたくらんだのです。その野望はあなたのおじい様によって阻止されました」
お父様は頷いた。私は目を白黒させたが、シドもそんな歴史について知らなかったようだったのでほっとした。
「我が父ジェネット伯爵はそのことをずっと恨みに思い、あなた方に復讐するため、【宝石姫】アリサのすることに協力してきたのです。そしてそのことは、我が夫も知っております」
「マルミリア!」
国王が吠える。王妃は退かない。キッと彼を睨みつけてまっすぐ立っている。
――ここにルパートがいなくてよかった、と私は幼馴染として思った。国王と王妃の仲が悪いのは公然の秘密だったが、実の両親のこんな場面に出くわしたらいたたまれないに違いない。
「【宝石姫】アリサの目的は、わたくしにはわかりかねました。あの子の言うことなすこと、すべて夢物語のようで……理解が及びませんでした。でもあの子があなた方ミストリオス公爵家を憎み、とくにヴィオレッタ嬢を憎んでいたことはわかります」
私は瞬きをする。王妃様はゆるゆると首をもたげて私を見ると、辛そうにお辞儀をした。
「許して、ヴィオレッタ……何もしなかったわたくしを、どうか許して」
「王妃様!」
私は慌てて立ち上がる。
「そんな。そんな、気にしないでください。あの、私――王妃様のお気持ちは、わかる気がしますから」
「なんですって?」
「あの、つまり。王妃様は、アリサが何か企んでいることをご存じだったんですよね?」
「……そうよ。そしておそらく外遊中にあなたがルパートに婚約破棄されるだろうこともわかっていたの。それでも動こうとしなかった、の。わたくしは……」
「ハイ。わかります。だってきっと、私も同じ立場なら同じことをしたでしょうから」
え!? みたいな声を出してお父様が身じろぎするのを、お母様がつねって止めた。ありがと、お母様。
「だって王妃様が動いたら、それは『国としての対抗策』ですもの。いきなり大事になってしまいます。たかが息子の婚約者のためにそんなこと、できなかったでしょう。当たり前です」
「でもわたくし、あなたの味方をしてあげることもできたのよ。なのに、しなかったの……」
王妃様の目から涙が溢れた。
「かつて父がレティシア様を貶めて王宮から追い出したときも、わたくし、何もしなかったの。よりにもよって大広間の朝の会議の場で父はレティシア様に魔女だと言いがかりをつけた。わたくしは侍女だったの、王妃レティシア様の。なのに、進み出ることもせず」
「若い未婚の娘が父親のすることに口出しなんかできるわけありません。王妃様は悪くないですわ」
そう。本当に、そう思う。
私は彼女が陥っていたがんじがらめがよくわかる。目に見えるくらいだ。
私が動いたら家まで白い目で見られるんじゃないかって不安で。とくに王妃様には味方がいなかった。夫も父親も油断ならない相手だった。だって一度、王妃を追放した人たちなのだ。二度目がないなんて言いきれる? 次は自分じゃないなんて信じきれる?
だから王妃様は何も動かなかったのだ。わかっていても。レティシア様、シドのお母様のときも。私のときも。
それは――あのままルパートと結婚したら私もこうなっていたかもしれないという未来だった。
私には王妃様を責めるなんてできない。
全部を説明したくても、この場でそんな晒し者にするみたいなことできなかった。私はただ、はらはら涙を落とす王妃様の手を握り、落ち着くまでそうしていた。
国王はそんな妻を憎々し気に横目で睨んでいた。王妃が横に座っても、目もくれない。慰めもしない。私は腹が立った。思えば何もかも、この人のせいなんじゃないの? と不敬罪もののことさえ思った。
不思議なことだった。かつての私、ルパートの大人しい婚約者だった私なら、こんなこと思いつきもしなかっただろうに……。
「俺も、気になっていることがあります、父上――と、呼ばせていただいても?」
「お、おお。なんだ、言いなさい」
シドが声を挙げ、国王がなんだか理解ある父親ふうな声を出す。
「王宮を脱出した夜のこと、俺はかすかに覚えているのですよ、父上。母レティシアに抱かれて逃げ延びたとき、俺は母の肩越しに見たのです――父上、あなたが笑っているのを」
「な、なんだと?」
私たちもぎょっとしたし、国王の動揺はそれ以上だった。
「見間違いかもしれないと思い、何度も何度も反芻しました。過去十五年間、何度も。けれど違った。見間違いではなかったと、今の王妃様とのやり取りを見て確信しました」
シドは――笑っていた。薄ら笑いだった。私は彼がこんな笑い方をするのを見たことがない。膝の上で握りしめられた大きな硬い手が震えているのも。
思わず、その手の上に自分の小さな手を重ねた。震えが止まった、気がした。
「先ほど、王妃様はおっしゃいましたよね。『大広間の朝の会議の場』で我が母はジェネット伯様に冤罪をかけられたのだ、と。ええ、覚えていますよ、俺も。その場面を。あなたは――笑っていた。たじろぐ母の隣の玉座で、あなたは笑っていた」
国王はひどくいやな笑いを浮かべた。そんなふうに追い詰めようとしても無駄だ、とでも言いたげな笑みだった。
お父様が口を開いた。
「我々ミストリオス公爵家が、何故だか朝の会議から締め出されていた時期のことですな。アルメイダ公爵家の盟友であった、我々が」
バルトロメオが続きを引き取る。
「朝の会議には国政に携わる高位貴族全員が参加します。王も、王妃も、――王太子も」
ちらりと見られてシドは頷く。彼は国王をまっすぐ見据えた。
「父上。あなたは本当に、我が母レティシアのことを悼んでおられますか? それだけでいい、お聞かせください」
「な、なにを――待て、悼んでいるか、だと?」
「ええ、母は亡くなりましたよ。あなたに裏切られ、追われた心痛で。知らなかったのですか?」
切って捨てるようなもの言いだった。いつの間にか私たちの手は五本の指が絡み、しっかり握り合わされている。
国王はショックを受けた様子だった。けれど私には――シドの話を聞いてしまったとでは、彼の見た目の言動を信じることができない。王宮に出入りしていた頃でさえ表面上の会話しか交わしたことがなく、畏れていた相手なのに。
「父上。国王陛下。――あなたはジェネット伯爵と通じていたのですね」
「違う!」
国王は机を叩いた。ピャ。この場で飛び上がってシドに縋りついたのは私だけである。他の人は、お母様や王妃様でさえ、こういう大声と修羅場に慣れているのだ。うう、恥ずかしい……。
シドは私を抱え、目で落ち着かせようとしてくれた。そうしながら、父親に言う。
「母に飽きたのですか? 私がご想像と違いましたか? ともかく、あなたは臣下が王妃である我が母を貶めることを認めたのです。廷臣たちの前で、朝の会議という真剣な政治の場所で。そしてアルメイダ公爵家そのものを没落させた」
王妃様が声もなく泣き始めた。ごめんなさいレティシア様……と聞こえる声は、芯からのものに聞こえる。
「俺の祖父、アルメイダ公爵はあなたのやりたい放題を諫める大臣だったようですね。ジェネット伯爵とは真逆に」
くすり、とシドは笑った。ミストリオス公爵、お父様が立ち上がって合図すると、我が家の騎士たちがどどどっと部屋に雪崩れ込む。
「我らがミストリオス公爵家も、これ以上は手加減して差し上げられませんぞ。ルパート王子様はあなた方夫妻がいなくなれば我らを捕らえてしまわれた。女に惑わされ臣下を捕らえる王子の責任が、父親にないはずはない、そうでしょう?」
騎士たちに両腕を捕らえられた国王は引きずるように立たされた。王妃は自ら立って、涙を拭いつつ先導に従う。
「この……っ、この、簒奪者め! こんなことをして、貴族たちが黙っておらんぞ!」
「ほう? どこの誰が黙らないとおっしゃるのでしょう? アルメイダ公爵家騎士団が復興し、ミストリオス公爵家当主もこの通りピンピンしております。進軍には中小の貴族たちも従いましたぞ。――陛下、あなたはご自分が思っておられるより人望がない」
「ぐ……っ、ぐ……っ」
「連れていけ」
それで、そのようになった。
国王のわめく声は、最後まで廊下に響いていた。




