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悪役令嬢をしなかったら冤罪で追放されたので、護衛騎士と一緒に王国をひっくり返します  作者: 重田いの


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 宝物庫は王宮の最奥にあった。巨大で重厚な鉄の扉が固く閉じられ、物音もしない。


 シドとバルトロメオ、そしてオーリンが率いる一隊がその前に立った。ちなみに私は両親の元に置いていかれかけたのだが、シドの首根っこに齧りついて連れて行かないなら自分で行くとわめいたら抱っこで連れてきてもらえた。ゴネ得である。


「中に立て籠もっているのは確実だな。ふん。ジェネットのネズミめ」

 バルトロメオが扉に耳を当てて言う。兵士たちの中から怨嗟の声が上がった。


「鍛冶屋を呼ぶか、それとも――」

「いや。俺がやる」

 オーリンが前に出た。彼の手の中に小さな炎の玉が生まれる。

「下がってください」


 炎が扉の鍵の部分に直撃した。じりじりと金属が赤く変色し、とろけていく。鍵が溶け落ちるまで瞬く間だった。

 バルトロメオが扉を力任せに引き開ける。

「ジェネット伯爵!」

 シドの声はわんわんと宝物庫の奥まで響いた。


 中は宝石や金塊で溢れていた。ネックレスや指輪、足輪や長い金の鎖、真珠の束までもが無造作に棚や引き出しに引っかかっている。グレゴリーの店のように丁寧にジュエリーケースに収めることもしないのだ。


 奥の奥にジェネット伯爵は身を縮めるようにして立っていた。

 彼の足元には開かれた木箱があり、その中に無数の小さな魔石が詰め込まれていた。


「ジェネット伯爵」

 シドが相手を威圧するように前に出、その一歩ごとにジェネット伯爵は追い詰められて左右に逃げ道を探す。


「百年分の魔石をここに溜め込んでいたのか。王の足元とは考えたな」

「お、お前が……」

 ジェネット伯爵はぎろりと彼を睨みつける。


「アルメイダの忌み子め」

「ええ。ルクサリス・フォン・クレシア。正統な王太子です」

「ふ……ふんっ」

 ジェネット伯爵は、突然、笑い出した。


「それがどうした。私は、何も間違っていない。我が娘を王妃にし、孫を王太子にする。貴族の権力争いは世の常よ。アルメイダ公爵家はマヌケだっただけ。何が悪い」

「お前が何をしたか、分かっているのか」


 バルトロメオが、低く唸った。彼にしては珍しく怒り狂っているのがわかった。

「あのお優しいレティシア様に魔女の疑いをかけてアルメイダ公爵家を陥れただけでなく、百年分の魔石を悪用し人々を操った。さらには国の重鎮であるミストリオス公爵家の当主夫妻を処刑しようとした。これが、間違っていないと言うのか」


「権力とは、そういうものだ」

 ジェネット伯爵の目には追い詰められた者特有の奇妙な光が浮かんでいる。本当にネズミのようだわ、と私は思う。

「強い者が生き残るんだ。弱肉強食だ。何が悪い!」

「では、お前より腕っぷしが強くなった俺がお前を食い殺すのも当然、受け入れるのだろうな?」


 シドがすらりと剣を抜いた。

 白刃の輝きに気圧されたのか、ジェネット伯爵は足元の木箱の中の魔石を一掴み握りしめて叫ぶ。

「来るな……! 来るんじゃない!」


 彼は魔石を自分の口に押し込もうとした。魔力を増幅させればどうにかなると思っているのか。

 瞬間、シドが素早く斬りかかった。ぴし、と過たずジェネット伯爵の首元に突きつけられた刃。あと数舜進めば首を斬られていた場所。


「一度しか言わない。やめろ」

 ジェネット伯爵の手から魔石がこぼれ落ちた。


 バルトロメオの部下たちが、すぐさま彼を取り囲んで拘束した。

「やっと終わったな」

 シドは呟き、木箱の中の魔石を見下ろした。百年分の、悪用された力。


「本来なら魔石は魔力のない者でも魔法道具を使えるようにするものだった。自然の魔力の結晶。神様からの恵み」

「シド……」


 邪魔かもしれなかったが、私はシドの背中に手を当てて寄り添う。彼は拒絶しなかった。くるりと振り向いて、私の肘を掴んで引き寄せ、額に額を当てた。

 やがてぱっと熱が離れて、シドは凛と指示を出す。

「魔石をすべて回収しろ。二度と、誰かを傷つける道具にしてはならない」


 それから数日が経った。

 祝典の夜の騒動はあっという間に王都全体に広がった。


 ルクサリスという正統な王太子の存在、ジェネット家の専横、アリサの洗脳魔法。

 すべてが白日の下にさらされていく。


 お父様とお母様はようやく解放され、ミストリオス公爵邸へと戻った。屋敷の使用人たちは主人の帰還に涙を流して喜んでくれた。

 私もまた、ようやく自分の家に戻ることができた。自分の寝台、自分の鏡、自分の部屋。――とにかく、たくさん寝た。


 シドも一緒にうちに戻ってきた。ただの護衛騎士として、同僚たちと肩を並べて食事をとり、眠りにつく。

 オーリンをはじめ政務官たちは大変で、王宮の混乱を収めるため出ずっぱりである。


 まるで何事もなかったかのような日々が束の間、続いた。

 でもまだ、すべてが解決したわけではなかった。


 ――国王と王妃が、外遊から戻るまでは。


  外遊中の国王夫妻に急使が送られたのは、祝典の騒動から数日後のことだった。

 彼らが王都に戻るまで、さらに三週間を要した。


 その間、王宮はシドとオーリン、そしてアルメイダ公爵家やベルナール家のうち政務の経験がある者を中心とした、暫定の体制で運営された。反対派はいただろうが、騎士たちによって王宮が占拠された状態である以上、表立って妨害も出来ない。


 ルパートは自主的に自室にて軟禁状態に身を置いている。

 アリサは魔力封じの枷を嵌められ、あの地下牢に厳重に拘束されている。


 そしてようやく、国王夫妻を乗せた馬車の列が王都の門をくぐる日が来た。

 私はその日、とびっきりのおしゃれをした。何しろ舐められてはならなかったし、シドが王子様として紹介される初めての正式な日なのだ。彼の隣に、見劣りしない恰好で並びたかった。


 銀とも青ともつかない、角度によって淡く色を変える生地。

 胸元は慎ましく詰められてちょっと苦しい。肩から袖にかけては透ける薄布が重ねられ、動くたびに星屑のような銀糸の刺繍がきらめく。

 腰はコルセットによって細く絞られ、裾は幾重にも重なる布が波のように広がる。その一枚一枚の縁には白銀の蔓草模様が刺されていた――ミストリオス公爵家の紋章だ。

 首には大きな真珠の首飾り。その真珠と同じ色に見えるまで梳った銀髪を半分結い上げ、細い銀鎖と真珠を編み込んでもらった。


 頭から上が白、ドレスは青というわけだ。鏡に映る自分は自分でもいいと思ったし、侍女たちも褒めてくれた。少なくともこれまでの私よりはずっと堂々として見えた。悪者になりたくなくて委縮していた少女はもういない。王の前に立っても怯まぬための、ささやかな鎧である。


 だが困ったことに、その鎧が霞んでしまうほどシドは美しかった。

 彼もまたミストリオス公爵家の威信をかけて飾り立てられた。黒に近い濃紺の上衣。肩には白銀の飾緒。立ち襟には小粒の紅玉が光を添え、紫色の目が赤く見えるほどだった。


 それから、短い黒髪によく映える長い長い重厚な生地のマント。一目で最高級と分かる深い青で、黒い裏地には星々を散りばめたような銀糸刺繍が施されている。歩けば裾がゆるやかに翻り、そのたびに内側の銀が閃いて、まるで夜空が羽ばたくように見えた。

 マントは右肩で大ぶりの留め具に固定されているが、それが私の首飾りと同じくらいの大きさの真珠飾りだった。


「お揃いにしたんですよ」

 とさらりと言われたときは爆発するかと思った。


 長身の体に合わせて仕立てられた礼装は無駄なく洗練されていて、細身の腰から長い脚へと流れる線を際立たせている。白い手袋を嵌めた手と儀礼用の剣。戦うための武器をあえて置き忘れてきた騎士の姿だった。


 そんなシドと共に、私、両親、そしてオーリンの順番で並ぶ。アルメイダ公爵家の面々もまた、盛装で居並ぶ。王宮の正門で、私たちは王と王妃の帰還を待っていた。


 豪華な八頭立ての馬車が軋みもせず止まる。

 扉が開き、そして国王陛下が降りてきた。白髪の交じった灰色の髪、頬と顎を覆う髭、がっしりした威厳のある身体つき。私は胸を張る。いつもみたいにおどおどしたくなかったから。


 その後ろに続いて、王妃様が降り立った。彼女について、私は親しみを覚えていたことがある。茫漠とした瞳と、何もかもどうでもいいわ、と言いたげな投げやりな態度がなんとなく私と同じに見えて好きだった。今でも好きだ。長い金髪も細身のドレスもとても美しい。


 二人は出迎えの列を見て、目を見開いた。

「ジークフリード……! エレオノーラ……!」


 国王が無駄に驚いたように、声を上げた。

「無事だったのか。不当に投獄されたと聞いた時は耳を疑ったぞ」

「陛下」


 お父様が深く頭を下げた。

「ご報告すべきことが、山ほどございます」


 その横で王妃はひたすらシドを見つめている。何だったかしら……と記憶を探していた瞳が、はっと焦点を結んだ。


 その横で国王もまた、シドの正体に気づいたらしい。国王の若い頃とシドの顔は、実はそっくりらしいのだ。私は肖像画を見ていたのに、そんなことにも気づかないでいたのだ。


「お前はまさか……」

 シドは嫌味ったらしいほど丁寧な一礼をした。

「お久しゅうございます、陛下。ルクサリス・フォン・クレシアです」


 広場に深い静寂が落ち、王妃がひっと息を飲む音が鋭く響く。

 国王シドの方へ歩み寄り、その肩を叩いた。


「お前が……レティシアの子か」

「はい」

 彼の細い目に、涙が浮かんだ。

「すまない……すまなかった……」

 彼はシドの肩を震える手で掴む。感動の再会。でも何か、違和感が……。


「私は、何も知らなかったのだ。お前の母を守れなかったこと、すまなく思う……」

「――被害者ぶらないでくださいませ」


 硬質な声が国王の動きを止めた。王妃である。彼女は凍てつくような目で夫を睨みつけていた。

「ご自分がレティシア様に何をなさったか、知らないとは言わせませぬ」


 国王はぐっと押し黙った。何か言い返したいのに皆の前だから言い返せない。夜、寝室に入ったらたっぷり叱ってやろう――私は彼と地位も年齢も性別の違うのに、なぜか思っていることが手に取るようにわかった。


「そ、そうだな。お前の言う通りだ」

 国王は器の大きいところを示そうとするかのように豪快に笑った。それから全員を見渡し、両手を広げる。

「皆、よくやってくれた。すべての話を聞かせてくれ」


 王宮の大きな客間へ一同は移動した。

 ようやくすべての真実が語られる時が来た。


 ルパートの処遇、アリサの裁き、ジェネット家の処分。

 そしてシドのこれからの立場。

 多くのことを決めなければならなかった。

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