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その凄惨な光景を、私は広場の外れの建物の屋根から見つめていた。
「お父様、お母様……」
斜面に隠れるようにしてシドとベルナール家の手の者たちとともに、息を潜めている。彼らは皆、合図を待っていた。もっとも効果的に彼らの陰謀を砕くことができるそのときを。
シドが低く私に囁く。
「予定通りです。黒鷲砦の本隊が王都の門を突破したと」
「本当に?」
「ええ。王立騎士団の大部分は、広場の警備に回されています。北門と東門の守りは、薄くなっているはずです」
汗みずくになった手をぎゅっと握ると、彼の大きな手が拳ごと包んでくれる。
「処刑が、始まる前に。どうかお願い」
「ええ。間に合わせます」
シドの紫色の目は夜の闇と強い光を反射して、白銀の冠を帯びている。
広場の喧騒はもはや最高潮といった様子で、誰も異変に気付かない。だがだんだんと遠くから響く馬蹄の音現れ、徐々に大きくなっていった。
「な、なんだ……?」
ちょうどこの建物の下にいた警備の騎士の一人が声を上げた。北門の方角から煙が立ち上っている。
「報告です! 北門が、突破されました!」
伝令の声が広場に響いた。騎士たちと群衆がざわついた。
アリサは気づかないのだろうか、ミストリオス公爵夫妻の捏造された悪行を言い募るのに夢中のようだった。
「な、何事だ」
「夜襲です」
「賊軍が、王都に侵入しています!」
「賊軍だと? 誰の手の者だ」
「分かりません。ですが、旗印は――アルメイダ家の紋章!」
――アルメイダ。
十五年前に潰えたはずの、名前。
王立騎士団の騎士たちは初めてうろたえ、顔を見合わせる。
私たちもまた、顔を見合わせ頷き合った。彼らと違い、私たちにとってこれは好機。処刑台の近く、騎士たちが駆け出していって警備の薄くなった一角から、檀上を見つめる。
「今です」
シドが私を抱え、屋根から飛び降りた。夜の闇に紛れ屋根から屋根へ、リズムよく駆け出す。次第に処刑台が近づいてくる。お父様とお母様のお顔がよく見える。心臓が、激しく鳴っていた。でも、シドが私を落とすはずはないし、見つかるはずはないこともわかっていた。
警備の騎士たちは北門の混乱に気を取られ、処刑台の周りの守りは明らかに薄くなっていた。アリサのきんきんした声が響く。処刑台がよく見える。キラキラの粉が霧のようにあたりにけぶるのが目に見てわかるほど近い。
私たちは人波の中に飛び込んだ。なんて熱狂。なんて密集。このすべての人たちがアリサを信奉しているの? 改めて、恐ろしい禁術の意力に舌を巻く思いだ。
シドは最小限の音と距離で処刑台への距離を詰めた。人々のほとんどが壇上のアリサに熱中していたからこそできたに違いない。
処刑台の近くには、やはりというか処刑人が控えていた。獲物である斧の手入れに余念がない。私は猛烈に腹が立ったが、今は彼に構うことなく縛られたお二人に駆け寄った。
「む? なにやつ」
と立ち上がった処刑人を、シドががあんと一撃した。意識を奪われて倒れた処刑人。その弟子や見張り人だろうか、二人目、三人目もシドは同じく無力化する。
「お父様! お母様!」
私は処刑台の影に隠れ、荷馬車によじ登った。
「ヴィオレッタ……!」
「無事だったか……!」
「ええ。今、お助けします」
シドが最後の見張りを倒し、合流した。
「急ぎましょう。この混乱が続く間に」
人々は皆、壇上のアリサに釘付けだ。これならきっと、間に合うはず。
だがそうはうまくいかなかった。壇上から、きええええええええええっと奇声が聞こえた。見るとアリサの顔が醜く歪んでいる。
処刑台の様子に気づいたのだ。
「ヴィオレッタ……! ヴィオレッタじゃない……! あああああちくしょう、なんで、なんで、誰もいないの!?」
彼女のキンキンする声が、甲高く響いた。かがり火がヂヂッと揺らめくほどの音量だった。
「誰か捕まえなさいよ! 反逆者を逃すんじゃないわよ!」
彼女はドレスの裾を握りしめると、はしたないほど大きくはためかせる。裾から細かい粉がふわりと舞い上がった。
「あたしの力、見せてあげる!」
アリサの目が異様な光を帯びてぎらぎらしていた。
「みんな、あの女を捕まえて! あの女を、殺しなさい!」
粉が広場に、撒き散らされた。
月光に照らされて、それはまるで星屑。火の光に輝けば、夜の水面。
粉を吸った群衆の目が、一斉に虚ろになっていく。
「あの女」
「捕まえろお……」
「反逆者あ」
「殺せ……」
「あいつだ」
誰かがぽつねんと呟いた声が。
次々に、伝播していく。
波紋のように。
広場全体があの異様な熱気に、再び包まれようとしていた。
私は咄嗟にお父様とお母様の前に立ちふさがった。
群衆の声は一つのさざ波となり、どんどんこっちに向かってきている。
荷馬車の荷台から両親は口々に叫んだ。
「ヴィオレッタ、もういいんだ! 逃げろ!」
「早く逃げなさい! シド、何をしているの、娘を連れていってェ!」
その異様な光景だった。でも逃げるわけにいかない!
「シド……!」
「分かっています。バルトロメオが来るまで持ちこたえられれば」
シドの声も緊張で硬くなっている。彼は剣を構えた。
群衆がひとつの波となり、ゆっくりとこちらに向き直り始める。
彼らが雪崩を打って襲い掛かってこようとする、その時だった。
広場の北側、騒乱の中心から一際大きな声が響いた。




