21
満月の夜。
アリサはうきうきしていた。やっと、あのヴィオレッタの親を処刑してやれるのだ。
(あのクソアマ、いつもお高くとまって生意気に……! 親の首を見て泣きわめくがいいわ!)
アリサは自分の美貌と若さに絶対の自信を持っていた。母ユーナのようになりたくないとも思っていた。母もアリサには負けるけどなかなかの美人だったのに、不実な父を信じたばかりにあんなクソ田舎で醜くなる病気にかかった。それでも父を信じている母のことが憎かった。だから、殺した。
「あんたが弱いせいであたしがいつまでもデュルマ男爵令嬢って認められないんでしょお?」
と言いながら家に火をつけ、焼き殺してやったのだ。寝床から手を伸ばしてくる母の、信じられないと言うようなあの顔! 今思い出しても笑える。何もかも自分が弱いのが悪いのに、アリサに対して絶望していた。ぷくく。
ヴィオレッタはアリサが何をしても決して動揺せず、一瞥もくれてこなかった。それがまた、アリサが絶対にあの女を許さないと決めた理由だった。男を盗んでやったのに、目の前でイチャイチャしてやったのに、全然へっちゃらです、って顔して。
「あたしより強いつもりい? フン。泣きわめいても許さないから。おめーの親も、兄貴も、おめーも殺してやるよ!」
アリサは口汚く罵ると、王子の恋人に用意された豪奢な部屋の鏡をダン! と殴る。鏡は罅割れ、ばらばらと破片が落ちた。
ニタア、と笑う美貌は歪んでいたが、これでもめちゃくちゃかわいいじゃん、とアリサは思う。
「可愛いあたしには可愛いなりの人生が必要だよね♬」
あんな母親のような惨めったらしい結末じゃなくて。
人差し指で口角をつついて、きゅ、と上にあげる。そうするとアリサの顔は一息に天真爛漫な田舎娘になった。
「目指せっ、王妃! 頑張るのよアリサ!」
と言った瞬間だった。バアンと扉が開いて、ルパート王子が駆け込んでくる。
「ルパート? どしたの?」
「う、うわあああああ、アリサああああああああああ!」
「うんうん。アリサいるよお? どーちたの、ルパちゃん」
ちっ、と舌打ちを隠しつつアリサはルパートを抱きしめた。こいつを選んだのは間違いだったかな、王立騎士団長の息子とか宰相の息子とかの方がよかったかも。ああでも、宰相ってこいつのおじいちゃんだしなあ……。などと考えながら金髪を撫でてやっていると、ルパートはがばっと顔を上げる。
「兄上が……ッ、兄上がすぐそこに来ているというんだああああああ」
「へ? 兄? ルパート、一人っ子じゃなかったっけえ?」
「あにうっ、兄上だあああああ、本物のっ。俺じゃない、本当のこの国の王太子だよおおおお!」
「へ?」
アリサはきょとんと首を傾げる。鏡台に座り込むと、ルパートは手当たり次第に部屋のものを壊し始めた。
「うわああああああ、怖いっ、怖いいいいいいいっ。兄上が来る、俺のことを憎んでいるんだ! うわああああああああ」
がしゃーん。
「俺は、俺は王子になんて産まれたくなかったのに!」
ぱりいーん。
「勝手に俺を産んで、勝手に期待して!! それで役に立たなくなったらこうなるのかよ! うわああああああああ」
どかどかどか。
「ちょっとお。ここアリサのお部屋なんですけどお」
アリサは唇を尖らせる。ま、片付けなんてメイドにやらせればいいからいいんだけど。彼が宝石箱に手を伸ばしたときはさすがに止めた。その中には大事なものが入っているのだ!
「ルパ、ルパート! ちょっと落ち着いてよ!」
しょうがなく、アリサはルパートの頭を抱え込んでおっぱいに押し付けた。一緒に寝台に座って、母親が赤ちゃんにするようにゆらゆらする。そうすると、王子は徐々に落ち着くのだった。
「ホラ? ね? アリサに話して? 急に兄が現れたからって、何? 今まで見たことも聞いたこともない人じゃない。この国の王子様はルパート一人でしょ? 負けるはずないって!」
「お前は何もわかってない!」
どんっと突き飛ばされ、さすがにアリサも怒る。
「何すんのよ!」
「俺はまだ立太子されていないんだ、これがどういうことかわかるか? 俺の母上は父上を誑かして、正当な王妃であったレティシア・アルメイダ様を追い落としたんだよ! だから父上は俺のこと認めていないんだ。うわあああああああ。兄上がくるううううううう」
「ハ? ちょ、ちょっとなによそれ。聞いてないわよ! じゃあどうすんのよ! くる、くるって、どうしたっていうのよ!」
「兄上が! 軍を率いてもう王都の傍まで来ているんだよ! そして俺のことを断罪して追い落とすつもりだっ。俺がヴィオレッタにしたように。俺もお前も、同じように断罪されるんだあああああああああ」
「ハア!?」
アリサは目を剥いた。彼女の前で、ルパートは寝台の布団の上に潜り込んでしまった。
「ちょ、ちょっとルパート! 何逃げてんのよ、祝典はもうすぐなのよ!? ちょっとおおおおおお!」
叩いても呼んでも動きゃしない。アリサはさんざんわめいて彼を詰ったが、ルパートは布団の中で泣くばかり。こうなってしまうと梃子でも動かないのは実証済みである。
「あの……【宝石姫】様」
おそるおそる、と声がかかったのは小一時間も過ぎてからだった。
「アア!? 今忙しいから後にしなさいよッ!」
「ヒイッ。あの、でも……【祝典】の準備が整っております。皆様お待ちかね、です……」
罪のないメイドにアリサはチイッと舌打ちをする。哀れなメイドは縮み上がった。
「ここっ、片付けときなさいよねええええええええ!?」
アリサはメイドを突き飛ばすと、華やかなヴェールを被り王宮前広場へ急いだ。
そうして駆けつけた広場には、燃えるような灯りが満たされていた。無数の篝火、提灯、そして魔法灯。
広場を埋め尽くす人々は、誰もが同じ熱に侵されていた。栗色の髪をした少女の名を、口々に呼んでいる。設えられた壇があり、その上には二人分の席がある。ああもう、とアリサは顔を歪めた。本当ならルパートとアリサが並んで座る予定だったのに。
もう仕方ない。アリサは一人で壇上に躍り出た。
純白のドレスに身を包み、満月の光を浴びた彼女はまるで本物の女神のように見えるだろう。その裾には細かい粉がいつものようにきらめいている。
「皆さあーん! 今日はあたしとルパート様の婚約発表でええす!」
歓声が怒涛の津波になり広場を揺らした。
アリサは気持ちよくそれを受け止めた。ぴっと指を出すと、途端に人々は静まり返る。それも本当に心地いい。
「それと、もう一つ!」
アリサは悪戯っぽく笑った。
「古い王家に逆らった、反逆者たちへの罰も、しっかり見せてあげますねえ!」
壇上の脇に簡素な処刑台が用意されていたことに、何人が気づいたことだろう。
ミストリオス公爵夫妻が、引き出されてくる。粗末な荷馬車に家畜同然に乗せられていた。両手を後手に縄で縛られ、痩せた身体を支え合いながら彼らはそれでも背筋だけは伸ばしていた。
群衆から嘲笑と歓声が入り混じった騒音が届けられる。
アリサは嬉しくなってぴょんぴょん跳ねた。カワイー、とかけられる声に手を振る。
「さーあ、いっくよー! 処刑のはじまりだああああああ!!」
大歓声が応えてくれる。
すごい、あたし……求められてるっ。
彼女は歓喜に打ち震えた。




