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黒鷲砦の作戦室には、これまで見たことのない数の人間が集まっていた。
オーリンは長机の上座に座っていた。ベシャール地方から戻ってから三日が経ち、顔色はずいぶん良くなっている。手首にはまだ痛々しい枷の痕。だが傷といえばどれだけだった。
彼の隣にバルトロメオ。
さらにその周りには、黒鷲砦に身を寄せていた元アルメイダ公爵家の騎士たち、数十人。
熱気がむんむんと充満した室内は暑いほどだった。
「ヴィオレッタからの知らせが届いた」
バルトロメオが手紙を提示する。
ベルナール家経由で送られてきた、暗号化された手紙であだった。
「祝典とやらの日付は、次の満月の夜。場所は王宮前広場。そこでジークフリードとエレオノーラ、ミストリオス公爵夫妻が処刑されるそうだ」
「殿下――いや、ルクサリス様はどうされました」
一人の騎士が、声を上げた。
「ご決断なされたという。俺たちに決起を促しておられる」
バルトロメオは重々しく頷いた。
「十五年前、俺たちは負けた。あの忌々しいジェネット家に! だが今度は違う」
騎士たちの声が低く、重く共鳴して響く。拳を机に打ち付ける音。誰もが息を詰めてバルトロメオを――バルトロメオ・フォン・グリーダ騎士団長を見つめていた。
「知っての通り、この砦で育ったシドと名乗っていた少年こそが、ルクサリス様だ。我らの王。王国の正統なる後継者。ご立派に成人なさり、今、俺たちの力を必要としている」
バルトロメオは立ち上がった。
「アルメイダ公爵家の正統な血を継ぐ方が、立ち上がられた。俺たちは彼に従い決起し、この国の玉座をアルメイダ公爵家の血筋に取り戻す」
続けてオーリンが片手をあげ、立ち上がる。
「俺からも、一つ。我が両親、ミストリオス公爵夫妻はかつてアルメイダ公爵とも友人であった。俺自身もアルメイダ公爵家の問題に心痛めている。魔法使いとして俺はこの決起に協力する。そして両親が処刑される前に、必ず救出する。これは、ミストリオス公爵家長子としての宣言だ」
「分かってるぜ、坊主」
バルトロメオがにやりと笑い、騎士たちも笑った。上品さなどどこかにかなぐり捨てたような、これからやっと暴れられる場所を見つけた山賊そのものの笑みだった。
「ルパート王子に張り付いている小娘、アリサと言ったか。奴が奇妙な魔法で王子をはじめ王都の民衆までをも惑わしていることは確かだと、ルクサリス様――あーもう、シドでいいか。シドが書いて寄越してきた。この書きぶりでは証拠も掴めそうなんだろうな。とにかくミストリオス公爵夫妻の処刑を食い止めるのを先決にしよう。――で、どうする。正面から殴り込むか?」
「いや」
オーリンは、地図の上に指を置いた。
「祝典の日、王立騎士団の大部分は、警備のため王宮前広場に集中するはずだ。逆に言えば、他の区域は手薄になる」
「ほう」
「俺たちは、二手に分かれる。一手は表立って王都へ進軍し、王立騎士団の目を引く。もう一手は少数精鋭、ベルナール家の手引きで王宮地下に潜入し、両親を救出する」
「そして、祝典の壇上で」
バルトロメオが、続けた。
「ルクサリス様がご自身の出自を示し、ジェネット家を糾弾するってわけだな」
「ああ」
オーリンは、頷いた。
「ミストリオス公爵夫妻の突然の処刑、国王夫妻のお留守を狙った令嬢ヴィオレッタへの言いがかりに等しい婚約破棄。これだけでルパート王子を弾劾するには十分だ。アリサ・デュルマの魔石の悪用も暴く必要がある。ルパート王子が正気じゃないのは王宮から漏れ聞こえている。これはただの政変じゃない――国そのものを立て直す戦いだ」
それから数日、黒鷲砦は慌ただしく動いた。
この十五年磨き上げられてきた彼らの情報網を通して、味方してくれそうなあらゆる方面に密使が贈られた。
元アルメイダ公爵家の騎士たち、ミストリオス公爵家を慕う中小貴族たち、国に不満を溜めていた放浪騎士たち。
「ミストリオス公爵夫妻の冤罪を晴らし、王家の正統を取り戻す」
その一言に、想像以上の数の貴族が応じた。十五年前、声を上げられなかった者たち。十五年間、虐げられてきた元アルメイダ公爵家派閥の者たち。アリサの異様な力に怯えていた者たち。ルパート王子とアリサに煮え湯を飲まされた者たち。
彼らは、ルクサリスという正統な血の存在を知ると、雪崩のように動き出した。
集まった兵は五千を超えた。正規の王立騎士団に比べれば、決して大きな数ではない。
だが彼らには十五年分の怒りが行き場を求めてマグマのように煮詰まっていた。
満月の夜の三日前。黒鷲砦から軍が出発した。
先陣を切るバルトロメオと元アルメイダ公爵家の騎士たち。その後ろに、オーリンと彼が率いる魔法使いの小部隊。さらに、各地から集まった中小貴族とその私兵たち。
長い列がパトラ山脈のふもとに集結し、かがり火を焚いて王都へ向かって進軍する。
「ヴィオレッタ……無事にいておくれ」
オーリンは祈りながら王都の方角を見据えた。
王都の外れ、街道沿いの平原で最初の衝突が起きた。
祝典前日の夕方のことである。
王立騎士団の先遣隊が黒鷲砦の軍を発見し、迎撃に出たのだ。
「来たぞ!」
見張りの声が響いた。
バルトロメオがしゃらんと剣を抜いた。
「全軍、構え!」
怒号が戦場に響いた。
土埃が舞い上がる。馬の蹄の音、剣戟の音、叫び声。
オーリンは後方から、魔法を放った。炎の壁が敵の進路を遮る。枷を付けられていない彼はほとんど敵なしだった。部下の魔法使いたちが彼の魔法を援護し、威力を増幅させる。
「退くな! ここを抜ければ、王都まで一息だ!」
彼は声を張り上げた。
「いっそ誰が早いか競争するかあ!? 一番乗りには俺直々に報奨金もつけてやる!」
部下たちはククッと笑った。戦場に置いて味方を安心させられる将ほど頼りがいがある者はいない。
王立騎士団の先遣隊はよく訓練された精鋭だった。だが黒鷲砦の戦士たちの怒りはそれを上回っていた。
正統なる王妃が泣く泣く王宮を追われ、王太子が不遇をかこったことへの怒り。家を失い、家族と離れ離れになり、山の中に罪人として籠らなければならなかった怒り。
十五年間押し殺してきたすべてが爆発した。
バルトロメオの剣が敵の隊長の剣を弾いた。
「お前らの主は、偽物だ!」
黒鷲砦の面々は戦場で叫んだ。
「本当の王家の血は、ここにいる!」
混乱が敵陣に広がった。
日が落ちる頃、先遣隊は退却していった。
彼らの口から国と民衆にこちらの言い分が伝わるだろう。王妃レティシア・アルメイダの産んだ王太子、ルクサリスが立つ、と。




