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悪役令嬢をしなかったら冤罪で追放されたので、護衛騎士と一緒に王国をひっくり返します  作者: 重田いの


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19

 

 私は地下牢の階段を駆け上がった。

 息が苦しかった。心臓が口から飛び出そうで、涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃで、ひいひい言っていた。怒りが熱い塊となって背骨を曲げそう。


 ――両親が処刑される。

 逃げろと言われた。

 逃げない、と答えた。

 その全部が、頭の中で渦巻いていた。

(冷静になろう)

 と私は自分に言い聞かせる。今はまだ、王宮の中だ。気を抜けば、すべてが終わる。


 今の私の服装は、王宮侍女のお仕着せである。緑色の腰のところを絞ったドレスにエプロン、白い大きなリボンがついた頭巾で髪の毛をまとめている。銀髪は隠れ、万が一見とがめられても私とわからないはずだ。グレゴリーの店はお仕着せも納品しているので、お仕着せの予備なら山ほどあった。あのずんぐりした彼が可愛いドレスを検品するところを思い描くと、ちょっとおかしい。


 少し笑ったら余裕ができた。私はなるべく目立たずに、ゆっくりと歩き始めた。地下牢への出入り口であるあの亀裂のような通用口を抜けて、素知らぬ顔で城の裏手を行く。まるでまっとうな用事がある使用人みたいに見えていることを願った。

 石造りの通路の角を曲がったところで、足が止まった。向こうから誰かが歩いてくる。複数人の荒っぽい足音だった。


 私は咄嗟に近くの物置の陰に飛び込んだ。チャリ、チャリと金属音。牢番たちだ。

「……それにしても、最近は楽な仕事だな」

「ああ。地下の連中も、大人しいもんだ」

「他の罪人もいないですからねえ」

「あーあ、ケチな盗みをしたメイドとか、いねえもんかなあ」

「ちげえねえや。そしたらたっぷり可愛がってやるのになあ!」

「最近は誰も彼もアリサ様アリサ様って、けっ」

「【宝石姫】が俺たちに何をしてくれたってんだ」


 休憩から戻ってきたのだろう。危なかった。あと少し遅かったら、見つかっていたかもしれない。

 よし。ここからグレゴリーの荷馬車に戻るルートは、と頭の中で計算しながら足を進める。

 地下牢から普通の区画に行く間には、複数の回廊と忘れられ手入れされていない庭園がある。そのいくつかを私は足早に通り抜けた。


 ……王宮の表から見えない部分が、こんなに荒廃しているなんて知らなかった。私、やっぱり何も見えていなかったんだわ。


 枯れた花を踏み、泥が溜まった丸い池を飛び越え、自分が何かものすごく悪いことをしている気持ちになりながら進む。城の見取り図はお妃教育により完璧に頭の中に入っているけれど、ところどころ廃棄された家具や農具が置いてあって進めないので、迂回が必要だった。


 広大な宮殿の中を、グレゴリーの店の人たちがいる馬車の待機場まで。

 必死に進む私は、建物の角から足音がするのに気づかなかった。今度は、一人ぶん。規則正しい、騎士の歩き方だった。


 私は身を硬くした。

 もし、見つかればここで終わる。

 お父様とお母様を助けると約束したばかりなのに。


 足音はたんたんたんと近づいてくる。私は隠れる場所を探したが、困ったことにここは開けた場所だった。どこにも身を隠せない。なんとか言い逃れるしかない。両手を胸の所で握りしめた。

「――お嬢様」

 聞き慣れた声が囁いた。

 騎士の鎧を纏ったシドが角から顔を覗かせている。


「シド……!」

「しいっ。声を抑えて」

 彼は、私の腕を取った。

「ご両親には、会えましたか」

「うん。会えた」

 思い出すと声が震えた。わななきがみぞおちから這い上がる。


「処刑のことも、聞いたわ」

 シドの目が、瞬時に鋭くなった。

「噂はやはり、本当だったんですね」

「ええ。婚約発表の祝典の日に。満月の夜だって」

「くそ……」

 彼は、低く呻いた。


「お嬢様、今は急ぎましょう。詳しい話は外で」

「うん」

「……こっちもいい情報を掴みましたから。頑張りましょうね」

 シドは茶目っ気をこめて唇に人差し指を立てた。なんだか彼の私への対応は、前より甘くなったようだ。

「う、うん」

 言われたことを吟味することさえできず、私は顔を赤らめながら彼に手を引かれる。

 馬車のあるところまではすぐだった。そこへ向かう小さな門の扉に手をかけたところで、背後から声がした。


「待て」

 振り返ると、若い衛兵が一人訝しげな顔をしている。手には古い槍。巡回中だったのだろう。

「お前たち、何をしている。こんな時間に馬車を使うでもないだろう」

 シドが私を肩で押しのけ、前へ出た。


「失礼。あー、新任の警備担当だ。配置の確認をしていた」

「新任? そんな話は聞いていないが」

 衛兵はどんどん近づいてくる。

「おい? 任官証を見せろ。持ってるはずだろ?」

「あー、つまり」

 シドは彼らしくなく、つまり演技であると私にはわかるくらいへどもどして、突如、私の身体を壁に押し付けた。


「きゃ……!」

「黙って」

 低い小さな声で耳元でそう囁かれ、全身の血が沸騰しそうだ。


 彼の手が私の身体をまさぐり、足の間を足が割った。顔、から、火が出る。今まで誰にもこんなこと、されたことない。

 シドは見せつけるように私の顎を掴むと、器用に衛兵から見えない向こう側を向かせた。あらわになった首筋に彼のキスが落ちる。私の足は勝手にピーンと張った。ううううう、恥ずかしいいいいいい。


「つまり、こういことでして」

「お、おう」

「なんとか見逃してもらえませんか、先輩」


「逢引かよ……。ちっ」

 衛兵は苛立たし気に舌打ちすると、壁の上でもがく私と覆いかぶさるシドに背を向け、立ち去った。

「ふう」

 足音が聞こえなくなってからシドはようやく身体の力を抜き、私を開放する。


「やれやれ、行ってくれましたね」

 とコキコキ首を鳴らしながらうそぶくシド。

「ん? どうしました」


 私はそのシドのほっぺたを思いっきりぶった。ぱしんと子気味いい音がした。

 痛い。指の先で兜の端の方叩いちゃった。

「……いたい」

「わああああああ」

 彼は慌てて籠手を外し、私の手を取ってさする。


「ちょ、折れてませんね?」

「うん。痛かった?」

「……まあ、少しは」

「ならよかった。反省して」

「……はい?」

「私はレディよ!」

 びしっと指を突きつける。

「それなりの扱いをしてもらいたいものだわ」

「……ハイ。すいません」

 わかればいいのよ。


 くるりと彼に背を向け、歩き出した。目の端に浮かんだ涙をぬぐう。ちょっぴりだけね。

 ……だって怖かったんだもの。シドは大きくて鎧ごしにもわかるくらい硬くて、ああ、この人がその気になったら私は太刀打ちできないのだわ、と理解して。

 シドはそんなことしないとわかってても怖かったんだもの。


「その、すいませんお嬢様、俺が浅はかでした。もう二度としません」

「うん」

「ごめんなさい、ヴィオレッタ様」

 私はぴたりと足を止めて彼を振り仰ぐ。


「もう一回言って」

「え?」

「お嬢様じゃなくてヴィオレッタ様って。もう一回」

「ヴィ、ヴィオレッタ様」

「うん!」

 私はご機嫌に駆け足になる。馬たちのいななきが聞こえる。馬車があるのはすぐそこだ。

「これから私のことはそうやって呼ぶのよ。いいわね?」

「は、はあ。えええ……?」


 私たちはこんな状況にふさわしくなく、追いかけっこをしているみたいだった。

 楽しかった。

(お父様とお母様のこと、なんとかなるわ)

 と、わけもなく自信が湧いてきた! そうだ、なんとかなる。シドがいてくれるんだもの。

 馬車のそばでベルナール家の世話役が、緊張した顔で待っていた。


「ご無事で……!」

「ありがとう。すぐに離れます」

 グレゴリーの馬車はいつ見ても立派だ。私とシドは転がるようにその荷台に乗り込んだ。

 馬車が動き出す。車輪の音に紛れて私たちはひそひそ話す。


「ご両親は」

「お元気だった。痩せてはいたけど」

 私たちが何を話し、話さなかったかについて。シドは静かに聞いてくれた。


「お嬢様、」

「ヴィオレッタ様」

「ヴィオレッタ様、は、決意なさったんですね」

「シド」

「俺も、もう迷いません。ヴィオレッタ様の家族は、俺の家族でもあります」

 彼の紫色の目が、強い光を帯びていた。


「――アリサの言う【祝典】を不服として、ルクサリス・フォン・クレシアの名の元に決起します。奇しくもあなたが言った通りになりましたね」


「デュルマ男爵一家を人質に取ろうとしていたときのこと?」

 そうすればアリサに両親の解放を要求できると思っていた。あの頃がもう懐かしい。


 でも、きっとデュルマ男爵が生きていたってそうはならなかっただろう。アリサは――実の父親さえ見捨てて、王子の恋人、【宝石姫】という地位を取ったはずだ。


 あの頃の私にはわからなかった。でも、今の私にはわかる。

「黒鷲砦に、すぐに知らせを送りましょう。バルトロメオ殿たちなら、きっと動いてくれます」

「ええ」

 私たちは自然と手を繋いでいた。私の丸っこい手と、籠手を外した彼の硬い手。


 時間はもうあまりない。満月の夜まで。

 私たちは王国に反旗を翻す。


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