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家族に別れを言うことも許されず、私は王家の馬車で追放された。
追放先まで宿に泊まりつつ一か月はかかった。国境近い辺境だった。王家は私に古い館をひとつ、くれた。小さな庭がついていた。壁はがらんどうで、壁紙もなく漆喰そのままである。
荷物はトランクひとつ。メイドたちが、王宮に置いてあった着替えや身の回りの品を詰めてくれたのだ。
荷解きをしながら私は考える。断罪された。追放された。いつかは来た。家族も巻き込まずすんだ。だから、大きな目で見れば私は勝ったと言える。
でも完全に冤罪だった。やってない。嫌がらせもせせら笑いも何もやってない。なのに断罪された。
「私は結局、アリサにとってひどいことをしていた、ってことなのかな……」
うーん、と考える。手はてきぱき動いて着替えを古びた箪笥に入れていく。狭い館だ。掃除の必要がある。
怒りもあったし、濡れ衣着せられたことに誇りは傷ついた。
私が子どもの頃から怖れていたのは、いつか自分が意図せずして誰かにとっての悪役になるかもしれないという不安だった。悪いことをしていないのに、いつか罰が来るのではないか、という。
「来る、来るって言われた台風が案外なんでもなく通り過ぎた、みたいな……?」
結果はゲームと同じだったのだから、なんかもう、これでいっかあ、みたいな。
「お母様泣いてないといいけど」
家族のことは気になるけれど、罪人の私が連絡したらどんなとばっちりが行くとも知れない。しばらく、大人しくしておこう。そう思った。
それからは掃除をしたり、小さい庭に食べられる野菜を植えたり、それらの種があった屋根に穴のある倉庫を整理していたら木の板が倒れてきて下敷きになって死にかけたりした。
そして一か月が経った。王都を追放されて二か月が過ぎたことになる。
初めての客人は冬の最初の雪が降った日にやってきた。
「お嬢様……!」
「え!? シド⁉」
私の護衛騎士だった男が、よろめきながら庭先に膝をついた。私は彼に駆け寄った。
シドを客間に通して、お茶を淹れて震えていたので毛布をかけてやって、とにわかに忙しくなった。ルパート王子が幼馴染なら、シドは私のもう一人のお兄様だ。
短く刈り込んだ黒髪、がっしりした身体つき、それから紫色の目をしたなかなかの美青年である。
「で、どうしたっていうのよ?」
「すいません! 申し訳ありません、お嬢様!!」
がばりとシドは私に向かって土下座した。
「ちょっ、ちょっと、待ってよ。いきなりで何もわからないわ」
「実は……ミストリオス公爵家が、襲われました……」
「は……?」
私は呆然とする。シドは何度も何度も私に向かって額を床にこすりつける。
「あああ、すみません。申し訳ございません! いきなりでした。いきなり、王家の兵が我が家を襲ったのです。騎士団はちょうど演習の最中で、家にはご当主様と奥様しかおられず……」
「お兄様はいなかったのね?」
「そうです。お兄上のオーリン様は王宮で捕まりました」
兄は魔法使いであり、政務官として国王に仕えている。彼がもし家にいれば、お父様とお母様は捕まらなかったに違いない。
「ど、どうなったの、それから!」
私は悲鳴のように叫んだ。
「ミストリオス公爵夫妻は捕らえられ、王宮地下の獄中に。兄上は行方不明です」
「はあああああ!?」
ありえない。ミストリオス公爵家は国家の重鎮、長い間国政を支えてきたし、その歴史の中で何人もの大臣や宰相を出してきた。
「誰!? 誰の差し金だったの、それは!」
私はシドの目の前に膝をつき、がくがくと彼の肩をゆすぶった。
なんとなく、答えはもう無意識にわかっていた。
「ルパート王子殿下の命令です……」
「なんてこと……」
「アリサ・デュルマが、あの【宝石姫】が王子をそそのかしたのです。ミストリオス公爵家が残っていては、いつまた自分をいじめにくるかわからないと」
「いじめ、って」
私は乾いた笑い声を漏らしてしまった。
「何言ってるのよ。そんな我がままを聞いて仮にも公爵夫妻を投獄するルパートもルパートだわ。――で、でもすぐ助け出されたのよね?」
「それが……」
シドは首を横に振った。大粒の涙が紫色の目に浮かんでいた。
「だめなのです。王子殿下と【宝石姫】、二人の権力に逆らうことはできません。至急、外遊中の国王陛下、王妃陛下にお戻りいただくよう極秘の使者を出したところです」
「ミストリオス公爵家の家臣団は?」
生家にはたくさんの同盟相手がいるし、家臣として忠誠を誓ってくれた中小貴族もいた。その中に誰か、正義の声を挙げる者はいなかったのか。
だがシドの顔色を見て、私はすべてを悟った。――誰も、いなかったのだ。
――どうして? 王夫妻がいなくて、実質的に国の最高権力者がルパート王子だから? それとも【宝石姫】アリサの機嫌を伺った?
ゲームでは断罪されたのは私一人だけで、公爵家は無事だったはずなのに。
だから、政治的におかしい判断だという自覚はあれど、私は『何もしない』を選んだのだ。
「ふ、ふふふ。ふっふっふふ……」
「お嬢様、お気を確かに! 大丈夫です、きっと使者が両王陛下の一行に直訴いたします。兄君のオーリン様だって、冤罪が晴れればすぐ出獄してご両親のお助けに……」
「それじゃ遅いわ」
自分でもびっくりするほど冷たい声が出た。
「両王陛下は北方最果てのローズアリアを外遊中なのよ? 戻ってくるまでにどれだけかかることか」
そもそも、この報せ自体二か月遅れなのだ。王都は今、いったいどういう状況だろう?
「っはーああ……」
私は立ち上がり、部屋の中央まで行った。
今まで、我慢してきた。親や家や家臣たちのことを思っていたと言えば聞こえはいいが、ようは私は怖かったのだ。自分がいつか悪役として断罪される未来が、怖かった。悪者にされるのがいやだったのだ。
そのこざかしい小心がこの事態を招いた。
私が毅然としてルパートとアリサに立ち向かっていれば。ゲームの展開通りになったわね、なんて流されるのではなく、学園で派閥を作って味方の貴族を増やしておけばよかったのだ。そうすればこんなことには。
「なにもかも私の責任ね」
「そんな、お嬢様のせいではありません!」
「いいえ!」
私はパァンと自分で自分のほっぺをぶっ叩いた。私のせいだ。私は、公爵家の娘としてふさわしい振る舞いをしなかった。私だけ断罪されれば終わりだなんて、そもそもゲーム通りにアリサをいじめなかったのに、なんでそこだけゲームと同じになると思っていたの?
「シド、行くわよ!」
「どこに……でございますか?」
私はつかつか歩き出す。この小さな館に愛着はあったが、それより怒りが勝る。
「まずはデュルマ男爵領に向かいます」
「ええっ?」
「そしてデュルマ男爵一家を人質に取り、アリサにうちの両親の解放を要求するわ。目には目を。やったからには同じことを仕返しされてもらうわよ、【宝石姫】!」
「そ、それは領土侵犯です。犯罪ですよ!」
「――あなたがそれを言うの?」
私は座った目でシドをねめつけた。彼は大きな身体をびくっとしたあと、覚悟を決めたまなざしになる。
「本当に、それをするというのですね」
「ええ、そうよ。やってやるわ。男爵領を皮切りに、王国全土を乗っ取ってやる。ルパートのやらかしを好機と見る反体制派は多いはずよ。彼らを焚き付け、反乱を起こすわよ!」
自分でもとんでもないことを言っているのは分かっていた。でも、そのくらいしないと追放された令嬢一人でどうこうできる状況じゃない。
元公爵令嬢ひとり、騎士ひとり。
やってやろうじゃないか。
私はシドを従えて、辺境の小さな館を飛び出した。振り返らなかった。




