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悪役令嬢をしなかったら冤罪で追放されたので、護衛騎士と一緒に王国をひっくり返します  作者: 重田いの


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『ときめきっ!愛のジュエルプリンセス!』。それがこの世界の名前だった。

 百年に一人だけ生まれる【宝石姫】に選ばれたヒロインが、複数の攻略対象と恋愛する乙女ソーシャルゲーム。


 私がそのことに気づいたのは、五歳の誕生日の朝だった。

 鏡の前に立ったとき、自分の顔が突然、見知らぬものに見えたのだ。


 銀色の巻き毛、緑の瞳、しゅるんと尖った顎。これは私の顔ではない、と思った。その強烈な違和感。遅れて気づいた。

 ヴィオレッタ・ミストリオス公爵令嬢の顔だって! ここは乙女ゲームの世界。そして私は、ゲームの終盤で主人公に断罪される悪役令嬢。


 私は鏡の縁を両手で掴んで、しばらくじーっと自分の美少女フェイスを見つめた。

 深くか細い、長いため息が出た。


(ああ、よかった)

 と思って、自分で自分に驚いた。よかった? 悪役に転生して、よかったなんて? でも本当に、心の底から、そう思っていたのだ。


 思えば今の私も前世の私も、絵本などで見る勧善懲悪の話が苦手だった。

 嫌いっていうわけじゃなくて。理解はできるよ? 悪いことをしたら罰がある。悪は罰せられるべきで、善は報われるべきだ。そういう話が人を励ますことも知っている。


 ただ、どうしても、私には善人でい続ける自信がなかった。


 だってそうじゃない? 自分ではよいことのつもりだけど、人にとってはひどい目に遭わされたって思われたり。自分が本当によいことをしてるだけ、なんて、どうやって信じられるっていうの?


 ずっと正しくあれるか。ずっと誰かを傷つけないでいられるか。弱い場面で正しい選択ができるか。意地悪な気持ちを持たないでいられるか、なんて――そんなの、断言できない。


「困っちゃったね、ヴィオレッタ」

 鏡の中に話しかけると、ふわふわの髪の毛が揺れて五歳の私も困った顔をする。


 それで、ああそっか、私ほんとうにヴィオレッタなんだ……と納得して。私は、転生という運命を受け入れた。


『ときめきっ!愛のジュエルプリンセス!』では、断罪されるのはヴィオレッタ一人きりだ。

 多情で多感な悪役令嬢である彼女、というか私、は攻略対象全員に粉をかけ、ヒロインを目の仇にして、ルートごとに悪役として立ち塞がる。

 どのルートでも断罪されて修道院に送られる、まあ便利な悪役なのだ。


 だから、もう私には覚悟ができていた。十六歳の秋、主人公のアリサが学園に転入してきてから一年後、私は学園のパーティー会場でひとり、断罪されるのだ。


 ほんとに私だけだ。ミストリオス公爵家に被害は及ばない。父も母も兄も、この物語には関係ない。彼らはこのゲームの登場人物ですらない。背景の一部として存在して、エンディングの後も穏やかに生きていく。


「よかった……じゃあ、きっと大丈夫」

 そういうと、するりと私とヴィオレッタの意識が溶けあうのを感じた。私はこの人生を受け入れた。


 計画は単純だった。

 やらなければいい、それだけ。

 ゲームでは公爵家は無事だった。お父様もお母様もお兄様も。


 ヒロインのアリサ・デュルマが平民の特待生として転入してきたとき、私は彼女に近づかなかった。六歳からの婚約者、ルパート王子殿下が彼女に恋をしているのを見て、婚約解消を申し出た。権力の濫用はしなかったし、取り巻きをけしかけて嫌がらせもしなかった。


「ミストリオス公爵令嬢様、あれは、いいんですの……」

 と、青ざめた顔で聞きに来た取り巻きの令嬢もいたけれど。


「わたくしは父の言うがままに嫁ぐべき家に嫁ぐのであって、ルパート様のお心は……ルパート様のものですわ」

 と言って乗り切った。実際、ルパートはいいやつだし幼馴染だが、別に恋愛的に好きってわけでもないし。


 ところが、十六歳の秋。

 謁見室への呼び出し状が届いたとき、私は首を傾げた。原因に心当たりがほんとになかった。


「ついていってやろうか?」

 と兄貴が肩を組んでくるのをぺいっとやめさせて、


「大丈夫、と思います。まあ殺されやしないでしょう」

「怖ええこと言うなあー」

 と、王宮へ向かった。馬車の中で色々原因を考えて、あ、と気づいたことがいっこだけあった。


 半年前、私は学園でアリサ・デュルマに声をかけたことがある。廊下で一人でいる彼女が、どう見ても迷子だったので。一緒に目的の教室まで行ったのだ。それだけ。


 彼女じゃなくて別の生徒にも私は同じようにしただろう。

(まさかそれで?)

 と疑いながら、でもさすがに王家のすることだ、めちゃくちゃな言いがかりをつけてくることはあるまい、と思いながら謁見室に入った。


 ルパート・フォン・クレシア王子殿下は壇上で、アリサの隣に立っていた。彼女は俯いていて、私を見つけるとはっと彼に身を寄せた。廷臣たちが壁際に並んでいた。大窓のカーテンはすべて開かれ、心地よい風が入り込んでいた。


 ルパートの金髪が風にそよぎ、アリサの肩までの栗色の髪の毛と一緒にふわふわ揺れていた。二人とも最近流行りのキラキラの粉を髪粉としてつけていた。二人が動くたびそれが舞い、取り巻き、まるでそういう演出みたいだ。


「ヴィオレッタ・ミストリオス!」

 と王子は言った。威風堂々とした王族の声である。


「お前がアリサに嫌がらせをしていたことは、すべて把握している」

 私はぽかんとした。

「……失礼ですが、具体的には?」


「アリサをわざと遠回りの教室に案内して、授業に遅刻させた」

「教科書を破り、挙句取ってこいと池に投げ泣かせた」

「使用人を使って監視させた」

「取り巻きどもに取り囲まれ生まれを囃し立てられたとも聞く」


 してないしてないしていない。

 ひとつも、していない。


 廷臣たちがざわめき、まさかそんな……などと聞こえてくる。


 アリサはそれを聞くと涙を流し、拳を口元に当ててルパート殿下の胸に顔を埋めた。優しく肩を撫でられてやっと勇気が出たらしく、か細い声で言う。


「全部本当のことです……!」

 私は呆然とその声を聞いた。


(ああ――しくじった)


 と思った。公爵家のお姫様にふさわしい長い袖の内側で爪を手のひらに突き立てる。

(そっか、そういう仕組み)


 ゲームの断罪イベントは、プレイヤーの行動に関係なく発生する。必ず通る規定イベントなのだ。つまり、この世界があくまでゲームとして筋書き通りに進行されるようになっているとしたら……。


 何もしていなくても、悪役令嬢の私は断罪される。されないとゲームじゃないもんね。なんてこと。私はうっかりしていたのだ。見落としていたのだ。とんでもないアホのマヌケのぼんくらだ。


「ヴィオレッタさま……! 罪をお認めになってください。言い逃れしないでっ。あたし、許してあげますからぁ!」


「おお、なんて優しいんだアリサ……! いいかヴィオレッタ、罪を認めれば流罪で許してやろう。だが言い逃れをするなら、お前の家とてタダではすまさんぞ。わかっておろうな!?」


 バカップル……もとい、檀上でキイキイ騒ぐ二人に私は座った目を向けた。まるきりゲーム通り、王子ルートのラストシーンそのものだ。


 彼らの言う通りにするなんてすごく、腹立つ。ルパート王子を引っぱたいてやりたい。アリサのそのお綺麗なスカートをずたずたにしてやりたい。


 でも。

「反論はあるか?」

 と王子が怒鳴った。ルパート、あんたそんなバカだったっけ……? 紫色の目が興奮にきらきら輝いている。昔、王宮の庭で虫取りしたときも彼はこんな目をしていたっけ。


「ございません……」

 と私は頭を下げる。――だって、本当に、これで終わるのだから。

 私一人が断罪されれば、これでこんなバカげたことは終わるんだから。


 ミストリオス家は代々、王家の補佐役であり監督役でもある重要な家だ。私の失脚に巻き込むわけにはいかない。

 広い謁見室がしんと静まった。廷臣たちが顔を見合わせているのが気配でわかった。


「そうだろうな、ふん。お前がそういうのは分かっていた……何!? 認めるというのか!?」

「認める、認めないというより、しても無駄だと思いまして」

 頭を上げて言うと、ルパートは目に見えて動揺している。


「うそっ、うそよ! そんなこと言って、次はあたしをもっとひどいやり方で貶めるつもりだわ。ルパートさまぁ、あたしのこと守ってください。あたし、怖いの……っ。ヴィオレッタ様に、謝罪をさせて!」


 腕に抱いたアリサの身体をぎゅうっと抱きしめて、ルパートはキリッとした顔をした。

「そうだ、その通りだな……! よし、ヴィオレッタ、アリサにちゃんと謝れ。きちんと頭を下げて、心から謝罪するんだ!」


 私はその通りにした。

 スカートを持ち上げ、最大限頭を下げる。


「申し訳ありませんでした、アリサ・デュルマさん」

「さんって何よ……! やっぱりあたしのこと、平民出だと思ってバカにしてたんですね!?」

「アリサ・デュルマ嬢」

「ふんっ」


 アリサはデュルマ男爵がメイドに手を出して生まれた子供であって、養子に入ったわけじゃない。

 ので、本当ならお嬢さん呼びでさえおかしいと思うんだけどなあ。


 ルパートが咳払いする。

「こほん。つ、罪を大人しく認めるとは殊勝である。その態度に免じて、婚約解消、及び王都からの追放を命じる」

「承知いたしました」


 私は改めて一礼した。裾を持って、きれいな礼だったと思う。八年かけてヴィオレッタの身体で練習した礼儀作法は、この瞬間のためにあったのかもしれない。


 顔を上げたとき、廷臣たちと目が合った。王家に長く仕える文官たちだった。お妃教育で何度も顔を合わせた。何人かは何か言いたそうな顔をしていた。それで十分だ。


「では、失礼いたします」

 謁見室の扉が開いた。薄暗い室内と異なり、廊下は光で満ちていた。



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