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私どもはレティシア様には、若い頃から大変お世話になりましてな。あの政変のあと、私はかろうじて牢番の任に留まりました。あの憎きジェネット家に面従腹背し、いつか生き延びて立派になったあなた方のお役に立てる日を待っておりました。
ああ殿下。お会いできて嬉しゅうございます。なんてお懐かしい。レティシア様の面影が、お顔にあります……。
ちーん、と鼻をかんでベルナール老は強い目をする。
「今夜、こうして再びお目にかかれたのも何かの天命なのでしょう。どうかお役目をお申し付けください」
シドは頷き、椅子に座り直した。護衛騎士の顔つきに戻ったシドは呆れるほどかっこいい。
困ったことに見惚れてしまう。
「ベルナール。お嬢様の――いや、ヴィオレッタ様のご両親は、今、王宮地下牢に囚われている。お前なら、現在の状況を知っているはずだ」
ベルナールの顔が、すっと曇った。
「ミストリオス公爵夫妻のことですな。……はい、存じております」
「教えてくれ。どこに、どんな状況で囚われている。警備の配置は、世話役は誰だ?」
暖炉の火が、ぱちりと音を立てて爆ぜた。
「殿下。ミストリオス公爵夫妻のことは、ご心配いりません。貴賓牢に入っておられます」
私はほっとした。貴賓牢は普通の貴族の部屋と変わりなく整えられた牢屋だ。罪人の身分が高すぎる場合、冤罪だと考えられる場合はそこに入れられる。たぶんうちの両親はそのどちらもだから、少なくともひどい拷問などは受けていないはず。
「よ、よかった……」
「ええ、ご安心ください、レディ・ヴィオレッタ。世話役は我らベルナールの家の者が責任もって行っております。他家の者には指一本触らせていませんとも」
私とシドは同じように顔を輝かせる。
「ただ……警備の方は。なかなか難しゅうございます。何しろ王立騎士団が担っておりますので」
「そんな」
私は再び、奈落に突き落とされたような気持ちになった。
王立騎士団は最強の騎士団で、一番厳格だ。彼らの大部分は外遊中の王陛下と王妃陛下に同行しているが、残った者たちが両親を監視しているだなんて。
「忍び込むのも、手紙さえ難しいでしょう」
と、ベルナールは眉を顰め顔をくしゃくしゃにした。
「王立騎士団は王族の命令しか聞かないはずだ。まさか……」
と言うシドに、重々しく頷く。
「はい。ルパート王子殿下のご命令です」
「アリサ・デュルマか!」
シドは苛立たし気に小さく叫んだ。私を気遣うように見てくれるので、大丈夫、の意味を込めて微笑む。シドはベルナールを見つめた。
「あの女がルパートにやらせているに違いない。忌々しい。どこまでお嬢様を追い詰めれば気がすむんだ。――ベルナール、あの女、アリサ・デュルマについて、お前が知っていることをすべて教えてくれ」
ベルナールは、しばらく黙り込んでから、低い声で言った。
それは、長い話になりますぞ」
「構わない」
「ヴィオレッタ様も、心を強くお持ちください。あまり、楽しい話ではございません」
私は、膝の上で手を握りしめた。
「大丈夫です。聞かせてください」
ベルナールは頷き、暖炉に薪を一本足した。
火の粉が、小さく舞い上がる。
「では、お話しいたします」
そうして、かつてデュルマ男爵家で聞いたのと同じような話が始まった。
何故か言いなりになる男たち、抗議した女たちは破滅させられ、誰もがアリサを愛し崇めるようになる……。
恐怖だった。
私はシドを顔を見合わせる。
「彼女は洗脳魔法を持っているの? 禁じられた魔法を」
「おそらくは」
ベルナールの表情は硬い。シドが声を挙げた。
「ベルナール、覚えているか? 先代の【宝石姫】、百年前のことだが、彼女はジェネット家の出身だった」
ジェネット伯爵家は今の王妃様のご実家だ。
「当時、ジェネット家は【宝石姫】が生み出す魔石を出し惜しみした。値段を吊り上げ、身内を優遇し、とうとう当時の王が直々に警告するほどだった。彼らは【宝石姫】によって地位を底上げし、自分たちの派閥を大きくした。そして、彼らが最後に王家に要求したのが、自分たちの【宝石姫】を王妃にすることだった」
あっ。
私は目を見開く。
「今、アリサ・デュルマがやっていることって……」
「ええ。百年前の再演です。当時を知る者は誰も生きていないから、確証は持てないが……」
くそっ、と毒づいて彼は頭を抱えた。
「アリサの目標は王妃になることだ。そのために自分を止めようとしたデュルマ男爵まで殺したんだ。対象を死にまで追い込むのは洗脳魔法。だが異常な速度と効き目だ。それを可能にする方法がひとつある――おそらく、男爵は体内に直接大量の魔石を流し込まれたんだ。体内の魔石が媒介になり、アリサの洗脳魔法がものすごい効き目を現わしたのだと思う。デュルマ男爵はアリサによって魔石を飲まされたんだ」
魔石。【宝石姫】が生み出す魔力のかたまり。
「で、でもひとつの魔石が持つ魔力はごく少量だわ。魔法灯をともすくらいがせいぜい」
「ですがお嬢様、量が集まれば? 一人の【宝石姫】が生み出しただけじゃない、先代の【宝石姫】が生み出した魔石を、ジェネット家がため込んでいたとしたら? アリサが生み出したぶんと合わせれば、それこそなんだってできる」
私たちは絶句した。シドは立ち上がり、檻の中の熊みたいにうろうろ歩き回る。
「魔石を悪用すればどんなことでもできる。王家の統制が効いていないんだ。ジェネット家――くそっ」
私はざわざわする恐怖の中にいる。そんな。それなら――うちの両親が無事でいるかどうか保証はない。
貴賓牢の中で身の安全は保障されていても、食事に魔石が混ぜられていたら? デュルマ男爵は首を吊って死んでしまったという。もしお父様とお母様が……ああ。
私が頭を抱えて突っ伏してしまうと、シドが慌てて戻って来て手を握り、背中をさすってくれる。
「ああお嬢様、すみません。怖がらせるつもりでは」
「……その、ベルナールさん。私の両親に、変わったところは見られませんか」
「貴賓牢の中までは、我々は見られないのです。たまに散歩を許されるときに清掃を、食事などは牢の扉に開けられた小さな穴から行います」
「それじゃ公爵ご夫妻の様子はわからないじゃないか!」
シドは呻いた。
「毒殺の危険はありません。それだけは申し上げられます」
ベルナールは言うものの、私は気が気ではない。
気づくと立ち上がっていた。
「――私、行きます」
えっ? と二人は私を見つめる。何を言い出したのかわからないらしい。
「王都には、私が贔屓にしていたお店がたくさんあります。貴族の商売であることもあります。そういうところからなんとか潜り込んで、王宮に行きます。貴賓牢に、なんとしてでも辿り着きます」
「お嬢様!」
「危険です!」
「いいえ、やります。やらなくちゃいけないわ」
私は握り拳を振りかざす。
「やらせて、お願い!」




