第九話 最低な男
未来が検査へ向かい、病室のドアが静かに閉まった。
重苦しい沈黙が流れる。
医師は三人を見渡し、静かに口を開いた。
「未来さんは、大学四年生頃までの記憶は保たれています。しかし、それ以降の記憶が抜け落ちているようです。」
「事故による脳への衝撃だけでなく、強い精神的ストレスが引き金になった可能性があります。」
「記憶が戻る可能性はありますが、いつ戻るかは分かりません。焦って思い出させようとするのは避けてください。」
そう言い残し、医師は病室を後にした。
しばらく誰も口を開かなかった。
やがて真二が大きく息を吐く。
「……こんな機会、もう二度とないかもしれない。」
彬が眉をひそめる。
「何の話だ。」
真二は苦笑しながら肩をすくめた。
「結婚したら、もう自由なんてないだろ。」
「未来とは、いずれ結婚するつもりだ。」
「だから、その前に……少しだけ自由に遊ばせてほしい。」
美香が驚いたように真二を見る。
「真二……。」
「もちろん、本気じゃない。」
「未来の記憶が戻ったら、全部終わり。」
「その時はちゃんと謝る。」
「俺が悪かったって頭を下げれば、未来は許してくれる。」
彬の表情が険しくなる。
「……お前、本気で言ってるのか。」
「未来は、お前が思ってる以上に傷付くぞ。」
真二は笑って答えた。
「あいつは俺にベタ惚れだから。」
「泣いて謝れば、最後は許してくれる。」
「昔からそういう奴だろ。」
彬は思わず舌打ちした。
「未来は許さない。」
「絶対にな。」
「そうか?」
真二はどこか楽観的だった。
「だから頼む。」
「一生のお願いだ。」
「記憶が戻るまでの間だけ、未来の彼氏役をやってくれ。」
「……は?」
彬の低い声が響く。
「何言ってる。」
「未来を一人にするのは心配なんだ。」
「俺は今、美香といる。」
「だから、お前がそばにいてやってくれ。」
彬は呆れたように笑う。
「断る。」
「俺がそんなことすると思うか?」
真二は真顔で答えた。
「だから、お前なんだよ。」
「……?」
「お前、未来のこと嫌いだろ。」
「昔から嫌味ばっかり言ってるし。」
「だから安心して任せられる。」
「情が移ることもない。」
「……。」
「でも、一つだけ約束しろ。」
真二は彬を真っ直ぐ見つめた。
「未来には、絶対に手を出すな。」
「記憶が戻れば、あいつは俺の婚約者になる。」
「それだけは守ってくれ。」
彬はしばらく黙っていた。
やがて、真二を睨みつける。
「……お前。」
「本当に最低な男になったな。」
その一言だけを残し、彬は病室の窓へ視線を向けた。
真二の最低な男の姿に、美香はどう感じるのかも気になる所ですね。
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