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曖昧な記憶の、その隣で  作者: はる乃


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第八十五話 知らない私

「私……暴漢に襲われたの?」


未来は不安な気持ちをかき消すように、

自分の腕や身体をそっとさする。


そんな未来を見て、

彬はすぐに優しく声をかけた。


「擦り傷はあったみたいだけど……。」


「真二がすぐに駆けつけたみたいだから。」


「未来が不安に思うようなことは、何もなかったよ。」


「だから、安心して。」


「……そっか。」


未来は、ほっとしたように息を吐いた。


彬も少し安心したように笑う。


「そのことが、きっかけだったんだ。」


「未来と真二が付き合うようになったのは。」


「え?」


未来の目が大きくなる。


「私と……真二先輩が?」


「そう。」


未来はしばらく何も言えなかった。


今の未来にあるのは、

大学時代までの記憶だけ。


その中で真二は、

いつも優しかった。


困ったことがあれば助けてくれて、

何かあれば気にかけてくれる。


だから、真二に憧れていたことは覚えている。


でも……。


その「好き」が、

恋愛だったのかどうかさえ分からない。


未来は困惑したように彬を見る。


「……なんか、変な感じ。」


「何が?」


「真二先輩のこと……嫌いじゃないよ。」


「むしろ、昔から優しくしてもらってたし。」


「憧れてたのも覚えてる。」


未来は胸元に手を当てる。


「でも……恋人だったって言われても。」


「その感覚が、全然ないの。」


彬は黙って未来を見つめた。


「……それは、仕方ないよ。」


「この二年間の記憶がないんだから。」


「そう、だよね。」


未来は小さく頷いた。


そして――


少し迷うように、言葉を続ける。


「私ね……今日。」


「少しだけ、記憶を思い出したような気がするの。」


彬の表情が変わる。


「その記憶が……。」


未来はゆっくりと目を伏せた。


「クリスマスイブに、映画館から走り去っていく真二先輩だったの。」


「……。」


彬は何も言わない。


「凄く悲しい気持ちでいっぱいだったことだけ……覚えてる。」


「何があったのかも分からない。」


「どうして真二先輩が走っていったのかも……。」


未来の声が、少し震える。


「でも……。」


「その時の私は、すごく悲しかった。」


彬は俯いた。


その光景を、彬は知らない。


けれど――


あの日、真二が美香のもとへ向かっていたことを思うと、

胸の奥から怒りが込み上げてくる。


(未来が、悲しい思いをしていたのに……。)


(真二は……。)


彬は拳を強く握りしめた。


「……彬?」


未来の声に、彬が顔を上げる。


「どうしたの?」


「……いや。」


彬は小さく首を振った。


「なんでもない。」


けれど、その声は明らかにいつもと違っていた。


未来はそんな彬を見つめる。


そして――


今まで気になっていたことを、

一つずつ確かめるように尋ねた。


「……私は、いつ真二先輩と別れて、彬と付き合い始めたの?」


「別れた理由も……。」


「彬と付き合うことになったきっかけも……。」


未来は真っ直ぐに彬を見る。


「今日は、教えてくれるんだよね?」


「……。」


彬は答えなかった。


ただ――


膝の上で拳を強く握りしめる。


言わなければならない。


今日こそ、全部話す。


そう決めていたはずなのに――


いざ目の前に未来がいると、

その言葉が喉につかえて出てこなかった。

ここまで読んで下さり、ありがとうございます!


今回の未来の発言で

いつ真二先輩と別れて彬と付き合い始めたの?は

未来にとって

「真二と別れて彬と付き合った」

と信じていることになるのですよね。


ここから、真実を未来はどう受け取るかが見所ですね!


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