第八十話 狡い男
隣で眠る真二を見下ろしながら。
美香は、真二の髪を優しく撫でていた。
静かな寝息。
その穏やかな横顔を見つめながら。
美香は、小さく微笑む。
(幸か不幸か……今日は排卵日だった。)
最後の夜。
そう思っていたからこそ。
二人は、お互いを求め合った。
何度も。
何度も。
そして今。
真二は、何も知らずに眠っている。
(ピルを飲んでいるって言ったから。)
(真二は、安心しきってるみたい。)
(未来が記憶を失ってから。)
(避妊なんて、していない。)
(妊活で病院に通ってるくらいなのに……。)
(本当に、バカな男。)
美香は。
眠る真二の頬に、そっと指を添える。
(でも……。)
(私は、どんな手を使ってでも。)
(絶対に、真二を手放す気なんてない。)
真二の狡さも。
その弱さも。
すべてが愛おしい。
美香は。
真二の額に、そっとキスを落とした。
その瞬間。
「……寝れないの?」
真二の掠れた声がした。
美香は、少し驚いたように目を見開く。
そして。
すぐに笑った。
「まだ朝は来てないよ。」
真二の胸元に身体を寄せながら。
甘えるように囁く。
「……もう一度、抱いて。」
その声を聞くと。
真二は、美香を抱き寄せた。
求めるように、何度も唇を重ねる。
けれど。
真二の心の中には。
美香とは別の女性の姿が浮かんでいた。
(……未来。)
記憶を失った未来。
自分との二年間を、何も知らない。
今は、彬を信じている。
そして。
そんな未来に対して。
自分は、まだ何も話せていない。
(俺は……何をしてるんだ。)
美香を傷つけた。
未来も傷つけた。
それなのに。
自分自身の欲求や。
美香との相性に流されて。
また、美香を求めている。
(これで……本当に最後だ。)
そう、自分に言い聞かせる。
美香との関係を終わらせる。
未来には、すべてを話す。
そして。
未来がどんな答えを出しても。
何度でも謝り続けて。
すべてを元の形に戻す。
そう決めたはずだった。
それでも。
美香の腕の中にいると。
(このまま……。)
(未来には知られないまま。)
(この関係を続けてもいいんじゃないか。)
そんな考えが。
ほんの一瞬、頭をよぎる。
自分が選んでしまった過ちを。
もう一度、肯定してしまいそうになる。
真二は。
その思いを振り払うように。
美香を抱きしめながら。
静かに目を閉じた。
(……ごめん、未来。)
(これで、本当に最後にする。)
美香は。
そんな真二の表情を見つめながら。
小さく笑った。
「……本当に、狡い男。」
その言葉に。
真二は、何も答えなかった。
ただ。
美香を抱きしめたまま。
夜が明けるのを待っていた。
ここまで読んで下さりありがとうございます。
あー結局。
真二は流されてしまいましたね。
これで本当に妊娠させてしまったら、どうするのでしょうか?
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