第七十九話 諦めないから
真二は。
向かいに座る美香を見つめていた。
楽しそうに話す美香の姿を見ながら。
小さく息を吐く。
「……美香。」
「ん?」
「そろそろ。」
真二は、一度言葉を止めた。
そして。
意を決したように口を開く。
「俺たちの関係を。」
「清算したい。」
「……え?」
美香の笑顔が。
一瞬で消えた。
「何で?」
「私、何か怒らせるようなことしたの?」
「いや。」
真二は、すぐに首を横に振る。
「違うんだ。」
「美香が悪いわけじゃない。」
「じゃあ……何で?」
美香の声が。
少しだけ震える。
真二は。
しばらく黙ったあと。
静かに答えた。
「俺の気持ちの問題なんだよ。」
「……気持ち?」
「ああ。」
「俺が。」
「このままじゃ駄目だと思った。」
美香は。
真二をじっと見つめる。
「……未来のこと?」
その名前を聞いた瞬間。
真二の表情が、僅かに曇った。
「……。」
美香は。
その反応だけで。
何かを察したようだった。
「事故に遭って。」
「記憶を失って。」
「今は、何も覚えてないんだよね?」
「ああ。」
「未来にとって、真二の彼女は私なんだよ。」
「……。」
「どう説明するの?」
美香は。
少しだけ悲しそうに笑った。
「どうして私たちが別れなきゃいけないの?」
「……。」
「未来は。」
「真二が恋人だったことすら覚えてないんでしょ?」
真二は。
答えなかった。
「だったら。」
美香の声が。
少しずつ強くなる。
「未来の記憶が戻るまで、このままいさせてよ。」
「そうじゃなきゃ……私、諦めがつかないよ。」
「……旅行だって行ってない。」
「未来と行ってた夜景のレストランにだって、連れていくって……ずっと嘘ばっかり。」
真二は。
テーブルの上で、手を強く握りしめた。
「美香には悪いと思ってる。」
真二は。
苦しそうに美香を見る。
「これ以上。」
「未来に嘘をついたまま。」
「お前と一緒にいることはできない。」
「……。」
美香は。
しばらく何も言わなかった。
やがて。
小さく呟く。
「……真二。」
「ん?」
「真実を話して。」
「それで、もし未来が真二を受け入れなかったら……。」
美香は。
一度、言葉を止めた。
「その時は。」
「このまま私と一緒にいてくれるんだよね?」
真二の胸が。
痛む。
「それは……。」
真二は。
まっすぐ美香を見る。
「できないよ。」
「……そんなの、狡いよ。」
「それなら何で。」
美香の声が震える。
「何で、こんなに期待させるようなことしたの?」
「……。」
美香の目に。
涙が浮かぶ。
けれど。
真二は、目を逸らさなかった。
「ごめん。」
「美香を傷つけたことは。」
「俺が全部悪い。」
「……。」
「だから。」
「今日で終わりにしたい。」
美香は。
しばらく俯いていた。
そして。
涙を拭いながら。
小さく笑った。
「……ずるいね。」
「え?」
「私は諦めないから。」
「真二が未来を諦められないように。」
「私だって……諦めたくない。」
「美香……。」
「私が。」
「そんなに物分かりが良くて、都合のいい女だと思ってた?」
美香は。
真二をまっすぐ見つめる。
そして。
少しだけ震える声で言った。
「……ああ。」
「未来は、きっと許さないと思う。」
「だから。」
「私のところに戻ってきて。」
真二は。
少しも迷わず、首を横に振った。
「戻らない。」
「……。」
「戻れないんだ。」
美香は。
その答えを聞いて。
静かに目を閉じた。
「……そっか。」
そして。
小さく息を吐く。
「真二。」
「ん?」
「最後のお願い。」
美香は。
涙の浮かんだ目で、真二を見つめた。
「今日は……一晩だけ。」
「私のそばにいてほしい。」
真二は。
何も言わなかった。
目の前の美香を傷つけたこと。
そして。
未来を傷つけたこと。
そのどちらも。
自分が背負わなければならない。
「……美香。」
真二は。
しばらく迷ったあと。
静かに口を開いた。
「それで、全てを帳消しにはできないけど。」
美香は。
涙を浮かべながら。
それでも笑った。
「……分かったよ。」
ここまで読んで下さりありがとうございます。
女の執念を、真二は侮っているような気がしますが。
この後、2人はどのような夜を過ごすのでしょうか?




