第七十八話 嘘との決別へ
彬は。
未来と話をする前に。
食事の準備をするため、買い物へ出かけていた。
車に乗り込み。
キーを差し込んだところで。
ふと。
彬はスマートフォンを取り出した。
画面に表示された名前。
――真二。
少しだけ迷ったあと。
彬は、その番号を押した。
数回の呼び出し音のあと。
電話が繋がる。
『……何だよ。』
「真二。」
彬は。
静かに息を吐いた。
「これから未来と会う。」
電話の向こうが。
一瞬、静かになる。
「今日。」
「全部、話すから。」
『……は?』
真二の声が低くなる。
『何を勝手なこと言ってんだよ。』
「勝手じゃない。」
彬は。
前を見たまま続ける。
「俺は。」
「俺の意思で、未来に話したいんだ。」
『だから待てって言ってるだろ。』
真二の声が。
少し強くなる。
『俺から話す。』
『お前は、もう何もするな。』
「……。」
『美香のことも。』
『未来のことも。』
『全部、俺の問題だ。』
『お前の問題じゃない。』
彬は。
小さく笑った。
「そうだな。」
「本来なら。」
「俺が口を出すことじゃなかった。」
少しだけ。
苦しそうに目を伏せる。
「悪いな、真二。」
『……何がだよ。』
「お前が。」
「このまま未来を幸せにしてくれてたなら。」
「俺は。」
「ずっと見守るだけだったんだよ。」
その言葉に。
電話の向こうで。
真二が息を呑む気配がした。
そして。
『……やっぱり。』
低い声。
『認めるんだな。』
『俺を騙して。』
『未来のこと、ずっと想ってたって。』
彬は。
少しだけ黙った。
「騙すつもりなんてなかった。」
「ただ。」
彬は。
ハンドルを握る手に。
少しだけ力を入れる。
「大学の頃から。」
「つかず離れず。」
「未来のことを見てきた。」
「ずっと。」
真二は何も言わない。
「だから。」
彬は続ける。
「未来がお前と一緒にいることを選んだ時も。」
「俺は。」
「それでいいと思ったんだ。」
「未来が幸せなら。」
「俺じゃなくてもいいって。」
『……。』
「でも。」
彬の声が。
少しだけ低くなる。
「今は違う。」
「お前も。」
「俺も。」
「未来に嘘をついてる。」
真二が。
小さく舌打ちをする。
『だから俺が話すって言ってるだろ。』
「遅いんだよ。」
「……っ。」
「未来は。」
「何も知らないまま。」
「俺たちの言葉を信じてる。」
「誰が好きだったのかも。」
「誰と付き合っていたのかも。」
「自分が、どんなふうに過ごしてきたのかも。」
「何も知らない。」
彬は。
ゆっくりと息を吐いた。
「もう。」
「これ以上。」
「未来に嘘をつき続けることはできない。」
電話の向こうで。
しばらく沈黙が続く。
そして。
真二が低い声で言った。
『……だったら。』
『お前も全部話せよ。』
「話すつもりだ。」
『自分が俺の頼みで。』
『未来の恋人のふりをしてたことも。』
「ああ。」
『未来に嫌われるぞ。』
「それでもいい。」
彬は。
迷わず答えた。
「未来には。」
「全部知った上で。」
「自分を選んでほしい。」
その言葉に。
真二が黙り込む。
彬は。
一度、目を閉じた。
そして。
ずっと聞きたかったことを口にする。
「ただ。」
「その前に。」
『……何だよ。』
「本当の理由を知りたい。」
真二の声が止まる。
「未来が事故に遭ったあの日。」
「どうして。」
「美香を彼女だって言ったんだ。」
『……。』
「好きだからなのか?」
「それとも。」
彬の声が。
さらに低くなる。
「他に理由があるのか。」
長い沈黙。
真二は。
すぐには答えなかった。
彬は。
電話を耳に当てたまま。
静かに待つ。
やがて。
真二が。
小さく息を吐いた。
『……美香は、俺に初めてをくれたんだ。』
「……。」
『未来との結婚の話も出てきて。』
『自由に過ごせるのが、これで最後なら……。』
『最後くらい、美香を喜ばせてあげたいと思っただけなんだよ。』
「最悪のタイミングだな。」
『そんなの、分かってる。』
「お前が未来と付き合いながら、美香とコソコソ浮気してたかと思うと。」
「お前には、心底ガッカリだよ。」
『俺は、どうかしてたんだよ。』
『未来を裏切った代償は、一生かけても償っていくつもりだ。』
『だから……俺から未来を奪うなよ。』
「決めるのは、俺じゃない。」
「お前が、あの時に美香を選んだんだろ?」
「だったら、美香の気持ちも少しは考えろよ!」
『選んだわけじゃ……。』
真二の声が。
そこで止まる。
彬の眉が、僅かに動いた。
「……何だ。」
『……。』
『……俺は。』
電話の向こうで。
真二が。
苦しそうに息を吐く。
『未来を裏切るつもりなんて。』
『なかったんだよ。』
彬の表情が。
僅かに変わった。
「でも、お前のせいで。」
「二人の女が傷ついてるんだよ!」
『……。』
「お前は、バカだな。」
しかし。
真二は。
それ以上、何も答えなかった。
『……もういい。』
「真二。」
『俺は俺で。』
『自分で未来に話す。』
「だから。」
『未来は俺を本当に愛してくれてたんだ。』
『最後には、俺を選ぶはずだ。』
「未来が選ぶのなら、諦めもつく。」
「でも、俺は俺なりに。」
「自分の気持ちに素直にさせてもらう。」
彬は。
静かに言った。
「友達としての最後の忠告だ。」
「言い訳なんてするなよ。」
「未来にも、美香にも。」
「きちんと謝れ。」
『……っ。』
その言葉を最後に。
真二は電話を切った。
「……。」
車の中に。
静寂が落ちる。
彬は。
しばらく動かなかった。
やがて。
小さく呟く。
「俺だったら。」
「絶対に裏切ったりしない。」
「……俺を選べよ。」
その言葉は。
誰に聞かせるでもなく。
車内に静かに消えていった。
そして。
彬はエンジンをかけた。
今日。
未来に。
全部を話す。
真二と未来が恋人だったこと。
自分が。
その嘘に付き合い。
未来の恋人のふりをしていたこと。
そして。
自分が。
未来を好きになってしまったことも。
そのすべてを知ったあと。
未来が。
自分を軽蔑するかもしれない。
もう。
二度と笑ってくれなくなるかもしれない。
それでも。
彬は。
未来を迎えに。
ゆっくりと車を走らせた。
――もう。
嘘の上に。
未来との関係を築きたくはなかった。
ここまで読んで下さりありがとうございます。
とうとう、今迄の嘘に決着がつきますね。
未来は、どんな判断を下すのでしょうか?




