第七十六話 気持ちに嘘はつきたくない
「おはよう、未来! 準備できてる?」
家の前に車を停めた彬が、未来に電話をかける。
「彬! おはよう!」
電話を切ると。
未来は玄関から顔を出し、車に向かって手を振った。
「あと戸締まりするだけだから、少し待ってて!」
「慌てなくていいぞ。」
「うん!」
未来は慌ただしく家の中へ戻っていく。
その姿を見ながら。
彬はふと笑った。
しばらくして。
未来が助手席に滑り込んでくる。
「お待たせ!」
「……今日も。」
「ん?」
未来がシートベルトを締めながら、彬を見る。
「今日も迎えに行って大丈夫?」
未来は少し心配そうに尋ねた。
「彬、無理してない?」
「ああ。」
彬はすぐに答える。
「俺は全然、無理してないよ。」
「それなら。」
未来は安心したように笑う。
「お願いします!」
「おう。」
彬は車をゆっくりと走らせた。
そして。
少ししてから。
前を見たまま口を開く。
「……あのさ。」
「うん?」
「今日は。」
一瞬。
彬の声が止まる。
未来が不思議そうに彬を見る。
「俺から未来に。」
「大切な話がある。」
未来の表情が変わった。
「……大切な話?」
「ああ。」
「だから。」
彬は少しだけ迷ってから続ける。
「今日、仕事が終わったら。」
「うちに来てもらってもいいかな。」
「え?」
未来が目を丸くする。
「俺、未来を迎えに行く前に。」
「簡単なケータリングの食材を買っておくから。」
「……。」
未来は彬の横顔を見つめた。
「それって。」
「今、言えないこと?」
「……。」
「彬?」
未来が首を傾げる。
すると。
彬は少し呆れたように笑った。
「あと五分もしないうちに会社に着くのに。」
「今から話せるか!」
「えっ。」
未来が思わず笑う。
「そんな言い方しなくても。」
「大切な話があるなんて言うから。」
「気になるだろ?」
「……それは。」
彬は小さく息を吐いた。
「悪かった。」
「でも。」
少しだけ真剣な表情になる。
「今日は。」
「ちゃんと時間を取って話したいんだ。」
未来は。
その横顔を見つめる。
いつもの彬とは。
少しだけ違う。
何かを決めたような。
そんな表情だった。
「……分かった。」
未来はゆっくりと頷く。
「じゃあ。」
少しだけ笑う。
「仕事が終わったら、彬の家で聞かせて。」
「……ああ。」
彬は短く答えた。
けれど。
ハンドルを握る手には。
わずかに力が入っていた。
――今日。
全部、話す。
真二と未来のこと。
自分が。
真二の嘘に付き合っていたこと。
そして。
未来に恋人のふりをしていたこと。
全部。
もう。
これ以上。
何も知らない未来の隣にいるわけにはいかない。
信じてもらえなくなってもいい。
軽蔑されても。
嫌われてもいい。
それでも。
未来には。
自分で選ぶ権利がある。
彬は前を向いたまま。
小さく息を吐いた。
「……彬。」
「ん?」
「その話って。」
未来は少し迷ってから尋ねる。
「やっぱり。」
「過去と関係あることなのかな?」
彬の表情が。
ほんの少しだけ止まった。
「……どうして?」
「過去のことは。」
未来は窓の外へ視線を向ける。
「しばらく聞きたくないなって。」
「……。」
彬は。
一度だけ未来を見た。
そして。
いつものように笑う。
「そっか。」
「聞きたくないなら。」
「いいや。」
「え?」
未来が慌てて彬を見る。
「いや、待って!」
「今日の話は気になる!」
彬が横目で未来を見る。
「過去の話は聞きたくないんだろ?」
「それとこれとは別!」
「今の発言、撤回!」
彬は思わず吹き出した。
「勝手だな。」
「だって!」
未来は少し頬を膨らませる。
「大切な話って言われたら。」
「気になるじゃん。」
「……そうか。」
彬は。
少し意地悪そうに笑った。
「じゃあ。」
「気になって眠れなくしてやる。」
「……内緒だ。」
「えー!」
未来の不満そうな声が。
朝の車内に響いた。
「彬、ずるい!」
「知らない。」
「教えて!」
「夜まで我慢しろ。」
「気になる!」
未来が何度も訴える。
その様子に。
彬は小さく笑った。
けれど。
その胸の奥には。
昨日までとは違う。
重い決意があった。
――今日。
未来に。
すべてを話す。
そして。
そのあと。
未来が誰を選んでも。
もう。
自分の気持ちに嘘はつかない。
ここまでお読み下さりありがとうございます。
とうとう、真実を告げる日が来ましたが。
果たして未来は、どの様な反応を示すのでしょうか?




