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曖昧な記憶の、その隣で  作者: はる乃


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第七十四話 手放せない思い

「未来も待ってるし。」


彬は。


真二に背を向けたまま言った。


「もう行くから。」


「……。」


「真二には悪いと思ってる。」


一度だけ。


彬の足が止まる。


けれど。


振り返ることはなかった。


「でも。」


彬は低く続けた。


「俺自身も。」


「もう、止められないんだ。」


「彬、待てよ!」


真二の声が背中に飛んでくる。


けれど。


彬は振り返らなかった。


そのまま。


真二を振り切るように歩き出す。


そして。


未来の待つ車へ戻った。


車のドアを開ける。


「お待たせ。」


未来が顔を上げた。


「遅かったけど。」


少し心配そうに。


彬の顔を見る。


「大丈夫?」


「ああ。」


彬は何事もなかったように笑った。


「ちょっと話してただけ。」


「そっか。」


未来は安心したように笑う。


けれど。


すぐに少しだけ眉を下げた。


「……でも。」


「ん?」


「真二先輩。」


未来は。


少し考えるように視線を落とす。


「ちょっと、おかしくて怖かった。」


彬の手が。


ほんの一瞬だけ止まった。


「……おかしかった?」


何でもないように尋ねる。


「どんな感じだった?」


未来は。


スマートフォンを膝の上で握りしめながら。


困ったように笑った。


「うまく言えないんだけど。」


「最初は普通だったんだよ。」


「でも。」



未来は。


少しだけ言葉を選んだ。


「急に。」


「彬のこと、気にしなくていいって。」


「俺が送るからって言い出して。」


「……。」


彬は黙って聞いている。


「それに。」


未来は続けた。


「前の未来は、そんなんじゃなかったって。」


「何度も言われて。」


「……そっか。」


「うん。」


未来は。


小さく息を吐いた。


「私。」


「何も覚えてないから。」


「前の私がどんなだったのか。」


「先輩が言ってることが本当なのかも分からないし。」


「でも。」


未来は。


彬を見た。


「なんだか。」


「前の私と比べられてるみたいで。」


彬の表情が。


少しだけ曇る。


「……嫌だったか?」


未来は。


少し驚いたように目を瞬かせた。


「嫌っていうか。」


困ったように笑う。


「どうしたらいいのか、分からなくなっちゃった。」


「私。」


「前の私には戻れないかもしれないのに。」


「……。」


「真二先輩は。」


未来は小さく呟いた。


「前の私に戻ってほしいみたいだった。」


車の中に。


短い沈黙が落ちる。


彬は。


ハンドルを握ったまま。


しばらく何も言わなかった。


やがて。


静かに口を開く。


「未来。」


「うん?」


「無理に。」


彬は未来を見ないまま言った。


「誰かの知ってるお前に戻らなくていい。」


未来の目が。


ゆっくりと見開かれる。


「……。」


「記憶を取り戻すかどうかも。」


「いつ取り戻すかも。」


「お前が決められることじゃない。」


彬は。


そこで一度だけ未来を見る。


「でも。」


「今、どうしたいかは。」


「未来自身が決めていい。」


未来は。


黙って彬を見つめていた。


「俺も。」


彬は小さく笑った。


「真二も。」


「過去の未来を知ってる。」


「でも。」


その声は。


静かだった。


「今の未来を一番知ってるのは。」


「今のお前自身だろ。」


「……彬。」


未来の胸の奥が。


じんわりと温かくなる。


「だから。」


彬はエンジンをかけた。


「困ったら。」


「ちゃんと、嫌だって言え。」


「無理なことは無理だって。」


「誰に遠慮する必要もない。」


未来は。


少しだけ笑った。


「……うん。」


そして。


シートに背中を預ける。


「彬。」


「ん?」


「ありがとう。」


「何が?」


「分かんない。」


未来は。


少し照れくさそうに笑った。


「でも。」


「彬といると。」


「やっぱり安心する。」


その言葉に。


彬の指先が。


ほんの少しだけ強くハンドルを握った。


「……そうか。」


「うん。」


未来は。


窓の外を眺めながら。


静かに目を閉じた。


その横顔を。


彬は一瞬だけ見つめる。


――もう、止められない。


さっき。


真二に言った言葉が。


頭の中に浮かぶ。


そして。


誰にも聞こえないほど小さな声で。


彬は呟いた。


「……俺も。」


「未来を。」


「もう、手放せないんだよ。」

とうとう、彬と真二の2人が決裂してしまいましたね。

この後の2人は、どんな夜を過ごすのでしょうか?


続きが気になる方はフォローして貰えると嬉しいです。

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