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曖昧な記憶の、その隣で  作者: はる乃


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第七十一話 俺の知らない君 あなたの知らない私

真二との食事は。


なぜか、あまり落ち着かなかった。


案内されたのは。


夜景が一望できる、ビルの最上階にある高級レストラン。


落ち着いた照明。


静かな音楽。


窓の向こうには、宝石を散りばめたような街の灯りが広がっている。


周囲を見渡せば。


綺麗に着飾った女性と、その隣でワインを傾ける男性。


どう見ても。


特別な時間を過ごすための場所だった。


未来は。


テーブルに置かれたメニューを見ながら、小さく首を傾げる。


(……私。)


(本当に、真二先輩と来てたのかな。)


(カップルだったら理解できるけど。)


(大学の先輩と後輩。)


(会社の上司と部下の関係だけなのに。)


(過去の私は彬や美香ちゃんを差し置いて、こんな場所に先輩と2人きりで頻繁に来てたなんて。)


「……真二先輩。」


「ん?」


未来は少し遠慮がちに尋ねる。


「私たち。」


「本当に、よく来てたんですか?」


真二がグラスから顔を上げる。


「ああ。」


「結構、頻繁に来てた。」


「……そうなんですか。」


未来は、もう一度店内を見回した。


「仕事帰りなら、立ち食いとか焼き鳥屋さんのイメージしかなくて。」


「こんな大人っぽいお店に来てた自分が想像できません。しかも、真二先輩と二人でですよね?」


未来は困ったように笑う。


「ここにいるカップルの皆さん。」


「すごくお似合いで。」


「私も、こういう場所は素敵だと思うんですけど……。」


少しだけ言葉を選ぶ。


「これからは、美香ちゃんと行ってくださいね。」


「……。」


未来は、ふと真二を見る。


「私なんかと頻繁に来てたなんて。」


「美香ちゃんや彬に誤解されるだろうし、何だか申し訳なく感じちゃいます。」


その瞬間。


真二の表情が変わった。


「何言ってるんだよ。」


少し強い声だった。


未来が、びくっと肩を揺らす。


真二はすぐに気づき。


「あ……いや。」


少し声を落とした。


「悪い。」


そして。


真二は未来を真っ直ぐ見つめる。


「未来は。」


「ここの白魚のソテーが好きだったんだ。」


「それと。」


グラスを軽く持ち上げる。


「このワイン。」


「白魚のソテーと一緒に飲むのが好きだって。」


「……私が?」


「ああ。」


「何度も頼んでた。」


未来は目の前に運ばれてきた料理を見る。


白魚のソテー。


美しく盛り付けられた皿。


けれど。


「……。」


フォークを手に取っても。


何の記憶も浮かんでこない。


「思い出せないか?」


真二が尋ねる。


未来は申し訳なさそうに首を横に振った。


「ごめんなさい。」


「……何も。」


「そうか。」


真二は。


ほんの少しだけ寂しそうに笑った。


「謝ることじゃない。」


「……はい。」


未来は一口。


白魚を口に運ぶ。


「……美味しい。」


「だろ?」


真二が少し笑う。


「はい。」


未来も笑った。


けれど。


やっぱり。


どこか落ち着かない。


窓の外に広がる夜景。


目の前に座る真二。


きっと。


記憶を失う前の自分にとっては。


当たり前の光景だったのだろう。


それなのに。


今の未来には。


どこか他人の思い出を覗いているように感じられた。


「未来。」


「はい?」


真二が、ふと尋ねる。


「美香の事は気にしなくて良いから。」


「……え?」


「さっき。」


「美香に申し訳ないって言っただろ。」


未来は頷く。


「あ……はい。」


真二の声が。


わずかに硬くなる。


「これからも未来とだけ来るつもりだよ。」


「美香とは来ない。」


「……。」


「ここは。」


真二は言葉を選ぶように続ける。


「俺と未来が来る、思い出の場所だから。」


未来は。


その言葉に少しだけ戸惑った。


(俺と未来が来る場所。)


それは。


先輩と後輩。


社長と社員。


そんな関係にしては。


少しだけ特別な響きがあった。


「……先輩。」


「ん?」


「私たちって。」


未来は。


思わず尋ねそうになった。


――本当は、どんな関係だったんですか?


けれど。


言葉が出てこない。


真二も。


まるで未来が何を聞こうとしているのか分かったように。


じっと未来を見つめていた。


「……。」


「……。」


二人の間に。


静かな沈黙が落ちる。


そして。


未来は結局。


違う言葉を口にした。


「……すごく仲が良かったんですね。」


真二の表情が。


ほんの少しだけ曇った。


「ああ。」


短い返事。


けれど。


その声には。


どこか。


言葉にできないものが混じっていた。


「……すごく、仲が良かったんだ。」


未来は。


その言葉を胸の中で繰り返す。


けれど。


なぜだろう。


仲が良かったと聞いても。


安心するより先に。


胸の奥が。


少しだけざわついた。


「今日は俺に送らせてもらえないかな?」


「……え。」


未来は少し困ったように笑った。


「過去を思い出したいんだろ?」


「過去のお前と俺が、どんなふうに過ごしていたか知ったら、思い出せることもあるかもしれない。」


「……。」


「でも。」


未来は、スマートフォンを握ったまま。


少し困ったように続ける。


「彬の事なら気にしなくて良いよ。」


「でも。」


「あいつには、俺から伝えておくし。

あいつは分かってるはずだから。」


「何を分かってるんですか?」


真二の表情が、わずかに歪んだ。


「彬に、そんなに迎えに来て欲しいの?」


「……え。」


「前の未来は、そんなんじゃ無かったよ。」


未来が驚いたように顔を上げる。


「今、一緒にいるのは俺なんだよ。」


「……え?」


真二は、テーブルの上で拳を握りしめていた。


「彬なんかより……。」


言葉が、止まる。


未来は黙って待っている。


「俺の方が未来を分かってるから。」


「……。」


「食べ終わったら、いつものバーに行って。」


「それから、俺が送って帰る。」


未来の表情が曇る。


「先輩……。」


「未来のためでもあるんだよ。」


真二は、真っ直ぐに未来を見つめる。


「今は。」


「俺との時間を楽しんでほしい。」


けれど。


未来は静かに首を横に振った。


「……でも、約束してあるので。」


「私。」


未来は、自分の胸元に手を当てる。


「何も覚えていないから。」


「先輩が言う“前の私”が、どんな人だったのかも。」


「先輩と、どんなふうに過ごしていたのかも。」


「全然、分からないんです。」


真二は顔を上げる。


未来の目は。


少しだけ、不安そうに揺れていた。


「知りたいとは思っています。」

ここまでお読み下さり、ありがとうございます。


今の未来と、過去の未来。

記憶が無いだけに、当人も周りも混乱してしまいますよね。

今後は、どの様な展開に進むのか気になる方はフォローして貰えると嬉しいです。

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