↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
曖昧な記憶の、その隣で  作者: はる乃


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
67/86

第六十八話 変化の時 新しい朝

会社に出社すると。


未来の姿を見た社員たちが、次々と振り返った。


「……え?」


一人の女性社員が、驚いたように声を上げる。


「未来先輩?」


未来が振り返る。


「はい?」


「髪、切ったんですか?」


「あ! はい。ちょっと整えてきました。」


女性社員は、未来の顔をまじまじと見つめる。


「すごく素敵です!」


「雰囲気、全然違いますね!」


すると、別の社員も駆け寄ってくる。


「えっ、未来さん!」


「今日、化粧してるんですか?」


「……はい。」


未来は少し恥ずかしそうに頷く。


「化粧した未来さん、初めて見ました!」


「元々綺麗なのに……。」


「今日の未来さん、綺麗すぎます!」


次々と向けられる言葉に、未来は戸惑ったように周囲を見回した。


「……あの。」


「はい?」


「すみません。私、記憶がなくて……。」


未来は少し申し訳なさそうに笑う。


「ここにいる皆さんが、誰なのかも分かっていなくて。」


その場の空気が、一瞬で止まった。


「え……?」


女性社員が、驚いたように目を見開く。


「……ごめんなさい。」


未来は小さく頭を下げる。


「私、事故に遭ってから二年間の記憶がなくて……。」


「二年間……?」


「はい。だから、ここにいる皆さんのことも……。」


未来は言葉を濁しながら、周囲を見渡す。


見覚えのあるはずの場所。


聞き覚えのあるはずの声。


けれど、どれも薄い膜の向こう側にあるようで、はっきりとは掴めない。


「……すみません。」


「いえ、そんな……謝らないでください!」


女性社員は慌てて首を横に振った。


「私たちのこと、覚えてなくても大丈夫です。」


「でも……。」


未来は不安そうに視線を落とす。


「みんな、未来先輩には助けられてきたんです。」


「だから、これからまた新しく覚えてください!」


「分からないことは、私たちが教えます。」


「今までの分も、私たちがフォローしますから。」


「皆さん……ありがとう。」


未来は、ほっとしたように笑った。


「とても心強いです。」


すると、先ほどの女性社員が笑顔で続ける。


「未来さんは、すごく頼りになる先輩で、私の憧れなんです!」


「これからは、いつでも頼ってくださいね!」


「私だって、未来先輩の力になりたいです!」


「皆さん、ありがとう……。」


未来は胸の奥が少し温かくなるのを感じた。


自分が何も覚えていなくても。


こうして、自分を知っている人たちがいる。


それだけで、少し安心できた。


その様子を少し離れたところから見ていた男性社員が、ぽつりと呟く。


「彼氏いるのかな?」


「前は仕事一筋で、つけ入る隙がなかったけど……。」


「……俺も実は、前からいいなと思ってたんだよな。」


「前の未来さんって、仕事モードっていうか。」


「プライベートが謎すぎて声かけられなかったけど、今度誘ってみようかな。」


「おい。俺が先に言い出したこと、忘れるなよ。」


小声で交わされる会話を聞きながら、未来は少しだけ考え込む。


(前の私って……。)


(そんなに余裕がなかったのかな。)


記憶にない二年間。


そこにいた自分が、どんな顔で毎日を過ごしていたのか。


未来には、まだ分からない。


けれど。


今の自分は。


少しだけ、違う気がする。


自然と笑える。


誰かと話すことが楽しい。


そして――。


朝、送ってくれた彬の顔を思い出す。


(……帰りは、彬が迎えに来てくれる。)


そう思っただけで。


未来の口元に、小さな笑みが浮かんだ。


「未来先輩?」


「……あ、ごめん。」


「どうしたんですか?」


「ううん。」


未来は照れくさそうに笑う。


「なんでもない。」


けれど。


その表情を見た社員たちは、顔を見合わせる。


「……なんか、やっぱり変わりましたよね?」


「うん。」


「前より、ずっと楽しそう。」


その時だった。


エレベーターの扉が開く。


そこから真二が降りてきた。


周囲の社員たちが、一斉に姿勢を正す。


「社長、おはようございます。」


「おはよう。」


真二は軽く返事をしながら歩いてくる。


そして。


未来の姿を見つけた瞬間――。


足が止まった。


「……未来。」


「先輩。」


未来が振り返る。


真二は、しばらく未来を見つめていた。


短くなった髪。


いつもとは違う化粧。


そして。


以前よりも、どこか柔らかくなった表情。


「……大丈夫か?」


「はい。」


未来は笑顔で答える。


「今日から仕事に復帰します。」


「そうか。」


真二は頷いた。


けれど。


視線は、未来から離れない。


「まだ、みんなには記憶喪失のことを話してなかったんだけど……。」


真二が周囲を見る。


「未来から話したのか?」


「はい。」


「私、皆さんのことを覚えていなかったので……。」


「そうか。」


真二は小さく息を吐いた。


そして、もう一度未来を見る。


「……髪、切ったのか?」


「はい。」


「化粧も?」


「……はい。」


未来は少し照れながら頷く。


すると。


真二の眉が、ほんの少しだけ寄った。


「そんなの……職場には必要ないだろ。」


「……え?」


未来の表情が止まる。


周囲の社員たちも、一瞬黙り込んだ。


真二は、自分でも言い方がきつかったことに気づいたのか、少しだけ言葉を詰まらせる。


「いや……。」


「今まで、そんな格好してなかっただろ。」


「仕事に集中するなら、以前のままでいいんじゃないかと思って……。」


未来は、自分の髪にそっと触れる。


「……以前の私って。」


「こんな感じだったんですか?」


「……ああ。」


「化粧もしないで?」


「そうだ。」


真二は答える。


「未来は、仕事一筋だったからな。」


「……。」


未来は少し考えるように黙った。


そして、自分の髪に触れながら小さく呟く。


「……でも。」


「今の私は、この髪も好きです。」


真二が顔を上げる。


「化粧も……。」


未来は少し照れながら笑った。


「自分が綺麗になれた気がして、嬉しいんです。」


真二は何も言えなかった。


「社長……?」


近くにいた社員が、心配そうに声をかける。


真二はすぐに表情を戻した。


「ああ。」


そして未来を見る。


「悪かった。」


「復帰初日なのに、余計なことを言ったな。」


「……いえ。」


未来は小さく首を振る。


「大丈夫です。」


「ただ……。」


未来は少しだけ考えてから、真二を見る。


「記憶がないから。」


「今の私は、今の私が好きだと思えることを大切にしたいんです。」


真二は、言葉を失った。


「……そうか。」


それだけを呟く。


未来は笑った。


「はい。」


そして。


「じゃあ、仕事に行ってきます。」


そう言って、未来は自分の席へ向かって歩き出した。


その背中を。


真二は黙って見つめていた。


(……今の未来は。)


(俺の知らない未来だ。)


以前の未来なら。


自分の言葉を聞けば、


「分かりました。」


そう言って、何の疑問も持たずに従っていたかもしれない。


けれど。


今の未来は違う。


自分が何を好きなのか。


どうしたいのか。


それを、自分自身で選ぼうとしている。


そして――。


ふと、真二の脳裏に浮かんだ。


彬の隣で笑う未来。


自分には向けなくなったような、柔らかな笑顔。


(……俺は。)


(本当に、未来を失いかけてるのか?)


胸の奥が、嫌な音を立てた。

真二が「未来を取り戻したい」と思っているのに、

実際には今の未来を理解できていないことがはっきり

現れていますね。


今後はどんな展開になるのかフォローして貰えると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。