第六十三話 これからを作る
次の日。
引っ越しの荷解きを済ませ、
何とか部屋が形になったのは、夕方になってからだった。
段ボールもほとんど片付き、
最低限の生活ができる程度には整った部屋を見渡す。
未来は、満足そうに息を吐いた。
「何とか終わったあ。」
「思ったより早かったな。」
彬も部屋を見渡す。
「じゃあ、少し休んだら――」
未来が彬の声に顔を上げる。
「近くに美味しいお店があるか、チェックしに散歩に行こう!」
「今から?」
「お腹空いてないのか?」
「せっかく新しい場所に来たんだから、近所のことも知っておきたいしな。」
未来は楽しそうに頷いた。
彬はそんな未来を見て、小さく笑う。
「引っ越し祝いは後日改めてにして、今日は腹ごしらえだな。」
「うん!」
二人は玄関を出る。
自然な流れで、未来が彬の手を取った。
彬も何も言わず、その手を握り返す。
二人は手を繋いだまま、エレベーターへ向かった。
扉が開き、二人で乗り込む。
階数ボタンを押した彬の隣で、未来がふと口を開いた。
「彬。」
「ん?」
「引っ越しから荷解きまで、本当にありがとう。」
「一人だったら、もっと時間かかってたと思う。」
「別にいい。」
彬は照れくさそうに前を向く。
「思ってたより未来の荷物が少なくて、驚いたけどな。」
未来も笑う。
「大学の頃から、あまり荷物が増えてなくて。」
「付き合ってた頃は、私達何してたの?」
「二人の思い出の品も、ほとんど見当たらなかったけど。」
未来は少し考えるように首を傾げる。
そして――。
「過去の私に説教しないと!」
「……何でだよ。」
彬が思わず笑う。
「だって。」
未来は少し頬を膨らませる。
「せっかく付き合ってたのに、二人の思い出がほとんどないなんて。」
「もっと一緒に出掛けたり、何か残したりすれば良かったのに。」
その言葉に、彬の表情が一瞬だけ曇る。
けれど、未来は気づかない。
「これからは、時間がある時に少しずつ揃えたいな。」
「何を?」
「一緒に食べる時に使えるカトラリーとか。」
未来は嬉しそうに笑った。
「お揃いとかも、ちょっと楽しそう。」
彬の指が、ほんの少し動いた。
「……一緒に食べる時?」
「うん。」
未来は何気なく答える。
「せっかく近くに住むんだから。」
「たまには彬の家でご飯を食べたり、私の家で食べたり……。」
そこまで言ってから、未来は少し恥ずかしそうに笑った。
「そういうの、楽しそうだなって。」
彬は何も言わなかった。
ただ、繋いだ手に少しだけ力を込める。
「……そうだな。」
短い返事。
けれど、その声はどこか嬉しそうだった。
エレベーターが一階に到着する。
扉が開く。
二人は手を繋いだまま、外へ出た。
夕暮れの街を並んで歩く。
未来はまだ知らない。
今、自分が口にした「一緒に食べる」という何気ない言葉が――。
彬にとっては、ずっと欲しかった日常そのものだったことを。
そして。
記憶を失った未来が、少しずつ。
自分の意思で、彬との「これから」を作り始めていることを。
真二と彬の立ち位置が、とても複雑になってきていますが、
いよいよ真二の会社に出勤する日が近づいている未来。
その時には、どうなっていくのでしょうか?
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