第四十九話 偽りの恋人だけど
車を降りると、彬は未来の前へ回り込んだ。
「じゃあ、行くぞ。」
「え?」
未来が返事をするより早く、
彬はひょいと未来の身体を横抱きに抱え上げる。
「きゃっ!」
思わず彬の胸元へしがみつく未来。
「ちょ、ちょっと!」
「彬さん!」
「下ろしてください!」
彬は平然と前を向いたまま歩き出す。
「嫌だ。」
「二階まで歩かせるほうが心配だ。」
「でも……。」
「私、重いです。」
彬は呆れたように小さく笑った。
「俺は身長一七五センチある。」
「ジムにも定期的に通ってる。」
「未来みたいな華奢な子なんて、筋トレにもならない。」
「そ、そんな言い方……。」
未来は少し頬を膨らませる。
それでも、彬の腕は驚くほど安定していて、不思議と怖くなかった。
ふと顔を上げると、すぐ目の前に彬の横顔がある。
整った輪郭。
真剣な眼差し。
近すぎる距離に、未来の胸はどくんと大きく鳴った。
(近い……。)
顔が熱くなっていくのが分かる。
恥ずかしくなった未来は、慌てて俯いた。
その様子に気づいた彬は、小さく首をかしげる。
「どうした?」
「足、痛むか?」
未来は慌てて首を振る。
「ち、違います!」
「なんでもありません。」
そう答える声は、少しだけ上ずっていた。
彬はそれ以上追及せず、未来を抱えたまま静かに階段を上っていく。
未来の鼓動だけが、夕暮れの静かなマンションに小さく響いていた。
未来は彬の胸元へそっと額を預けた。
規則正しく聞こえる鼓動。
温かな腕。
安心するはずなのに、胸はさっきから落ち着かない。
(どうしよう……。)
(こんなにドキドキする。)
(恋人だから……なのかな。)
記憶がなくても。
身体だけは、この人の温もりを覚えているのかな?
そっと彬を見上げる。
真っ直ぐ前だけを見て階段を上る横顔は、どこまでも落ち着いている。
(先輩は平気なんだ……。)
(私だけ、こんなに意識しちゃってる。)
未来は恥ずかしくなり、もう一度そっと俯いた。
一方の彬は、そんな未来の様子に気付かないふりをしていた。
(……偽りの恋人だとしても。)
(今だけでも、誰にも邪魔されたくない。)
腕の中の未来が軽すぎて。
守りたいという気持ちだけが、静かに膨らんでいく。
誰にも聞こえないように、小さく息を吐いた。
「もう少しだからな。」
その一言に、未来は小さく頷いた。
「……はい。」
夕暮れの階段に、二人の影だけが静かに伸びていた。
今回も、お読み頂きありがとうございます!
彬の心の声が聞こえてくると、
ただただ切ないですが。
これから、真二とはどうしていくのか気になりますね。




