第四十二話 呼び捨て
彬は車をベンチの前へ横付けすると、助手席の窓を開けた。
「待たせた。」
未来は笑顔で駆け寄る。
「そんな!」
「こちらこそ、ありがとうございます。」
彬は腕時計へ目をやる。
「次、時間押してる。」
「急ぐぞ。」
未来はきょとんと首をかしげた。
「時間押してる……?」
「スーパーのタイムセールとかですか?」
彬は思わず吹き出す。
「ははっ。」
「未来らしいな。」
「俺がそんな理由で急ぐと思うか?」
未来は少し照れながら笑う。
「違うんですか?」
「じゃあ、スーパーじゃないんですね。」
「スーパーは帰りだ。」
彬は車を走らせながら続ける。
「知り合いが美容室を開いたんだ。」
「一度顔を出す約束してたのを思い出してな。」
未来は目を丸くする。
「美容室……ですか?」
「ああ。」
「橋本奈緒って覚えてるか?」
未来は少し考えてから頷いた。
「えっ……。」
「奈緒先輩ですか?」
「黒沼先輩と同じデザイン科の。」
「そう。」
「あいつ、途中で大学辞めて美容師になったんだ。」
「今は旦那と二人で店をやってる。」
「開店してから、まだ一度も顔出せてなくてな。」
未来は感心したように微笑む。
「そうだったんですね。」
「じゃあ、ご挨拶ですね。」
「ああ。」
「悪いけど、少し付き合ってくれ。」
「もちろんです。」
未来は素直に頷いた。
しばらく車を走らせてから、彬が思い出したように口を開く。
「あと一つ。」
「彼氏なんだから。」
「いつまでも『黒沼先輩』はないだろ。」
未来は「あっ」と声を漏らす。
「そうでした……。」
彬は横目で未来を見て、小さく笑う。
「外では『彬』って呼んどけ。」
未来は照れくさそうに視線を落とした。
「えっと……。」
「……あ、彬さん?」
彬は首を横に振る。
「違う。」
「敬語もいらない。」
未来はさらに顔を赤くする。
「じゃあ……。」
「……彬。」
その一言に、彬は一瞬だけ目を細めた。
「……それでいい。」
車は、そのまま美容室へと向かって走り出した。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は未来が少しずつ「彬」という人を知っていく回でした。
本人はぶっきらぼうですが、見えないところで動いていることが本当に多い人です(笑)
次回はいよいよ美容室。
大学時代の友人夫婦が登場します!




