第四十一話 全部、思い出せたら良いのに
未来は紙袋を胸に抱きしめ、嬉しそうに微笑んだ。
「先輩、ありがとうございます!」
「大事に使いますね。」
「ああ。」
彬は短く頷くと、腕時計へ視線を落とした。
「未来。」
「車、回してくる。」
「あそこのベンチで待ってろ。」
未来は慌てて首を振る。
「大丈夫ですよ。」
「もう少し歩けますから。」
彬は呆れたように小さく息をつく。
「意地張るな。」
「まだ本調子じゃないだろ。」
「すぐ戻る。」
「だから、そこで待ってろ。」
未来は少しだけ頬を膨らませた。
「……はい。」
紙袋を抱えたままベンチへ向かう。
彬は未来が座るのを確認してから、安心したように駐車場へ歩き出した。
その後ろ姿を見送りながら、未来はぽつりと呟いた。
「私……。」
「本当に、あの黒沼先輩と付き合ってるんだ。」
大学の頃は。
会えば嫌味ばかり言われている気がしていた。
(嫌われてるんだろうな。)
ずっと、そう思っていた。
だけど――。
誰よりも自分のことを気遣ってくれる人だった。
今日だけでも、何度「無理するな」と言われただろう。
こんなに大切にしてもらっていたなんて。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
「二年間……。」
「私、きっと幸せだったんだろうな。」
そう思うと、嬉しいはずなのに、少しだけ切なくなった。
(思い出せたらいいのに……。)
(先輩との思い出も。)
(全部。)
未来は携帯をそっと抱きしめ、青く澄んだ空を見上げた。
彬の姿が見えなくなると、未来はベンチへ腰を下ろした。
その頃――。
駐車場へ向かいながら、彬は手に持っていた未来のバッグをそっと開く。
真二から預かった部屋の鍵。
小さなキーホルダーが付いた、使い込まれた一本の鍵だった。
(……これで大家に連絡する手間は省けるな。)
バッグの中から財布を見つけると、ファスナーを静かに開ける。
カチャリ――。
音を立てないよう気を配りながら、鍵をそっと中へ滑り込ませた。
再びファスナーを閉める。
まるで最初から、そこにあったかのように。
彬はバッグを閉じると、紙袋を抱え直し、何事もなかったように駐車場へ向かった。
考え無しの行き当たりばったりな真二と比べて、
慎重に物事を俯瞰して行動する彬。
両極端な性格だから、きっと親友になれたのかもですね。
次回は、いよいよ美容室での場面かな?
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