第四十話 化粧をした君
彬が売り場へ戻ると、未来はリップを手に困ったように笑っていた。
「未来、決まったか?」
「それが……。」
「リップとアイシャドウの色が決めきれなくて、迷ってます。」
美容部員も微笑む。
「どちらのお色もよくお似合いなので、皆さん悩まれるんですよ。」
彬はケースに並ぶ化粧品を見渡し、あっさりと言った。
「化粧品、何も残ってないんだろ。」
「迷ってるのも全部包んでください。」
「えっ?」
未来は目を丸くする。
美容部員も思わず彬を見つめた。
「迷うくらい気に入ったんだろ。」
「なら、その日の気分で使い分ければいい。」
美容部員は笑顔で頷く。
「はい。シーンに合わせて楽しんでいただけますよ。」
未来は慌てて首を振る。
「でも、こんなにたくさん……。」
「高いですよ?」
彬は苦笑する。
「俺も社長の端くれなんだから。」
「たまには格好つけさせろ。」
未来は申し訳なさそうに俯いた。
「でも……。」
彬は少しだけ照れたように笑う。
「退院祝いだ。」
「少しは恋人らしいこと、させてくれ。」
未来は照れながら、小さく笑った。
「……ありがとうございます。」
その笑顔を見た彬は満足そうに頷く。
その時、美容部員が仕上げにリップを塗り直し、鏡を未来へ向けた。
「これで完成です。」
未来が振り返る。
彬はその姿を正面から見て、一瞬言葉を失った。
柔らかなアイシャドウが未来の瞳を優しく引き立て、淡いリップが自然な笑顔によく似合っている。
派手ではない。
それなのに、思わず目を奪われた。
(……綺麗だ。)
鼓動が、一拍だけ速くなる。
「黒沼先輩?」
未来に呼ばれ、彬は我に返る。
「……ああ。」
それだけ答えるのが精一杯だった。
その様子を見ていた美容部員は、くすっと笑う。
彬にだけ聞こえるくらいの小さな声で耳打ちした。
「彼女さん、とても魅力的になりましたね。」
彬は照れ隠しのように咳払いをする。
未来は二人のやり取りの意味が分からず、小首をかしげる。
「どうしたんですか?」
美容部員はにっこり微笑んで首を振った。
「いえ、何でもありません。」
未来もつられて笑う。
「ふふっ。」
今回は未来が少しずつ「新しい自分」に踏み出す回でした。
記憶はなくても、好きだったものや憧れていたことは、心のどこかにちゃんと残っているのかもしれませんね。
一方で、彬は恋人の”ふり”をしながら、少しずつ自分の気持ちをごまかせなくなってきています。
次回は買い物の続き。そして、真二もこのままではいられなくなっていきます。
続きを楽しみにしていただけたら嬉しいです。




