第三十八話 ナチュラルな君
デパートの化粧品売り場を前に、未来は少し緊張したように笑う。
「私……。」
「こういうところで買ったことないから、なんだか緊張します。」
彬は何気ない口調で答えた。
「前に言ってただろ。」
「来月の誕生日は、一度こういう売り場で美容部員さんに教えてもらいながら、化粧品を選んでみたいって。」
未来は驚いたように目を見開く。
「私、そんなこと言ってたんですか?」
「ああ。」
「でも、そうかも。」
未来は小さく笑った。
「大学の頃から憧れてはいたんです。」
「でも、スポーツばかりしてたから、お化粧する機会もなくて。」
「社会人になってからは、少しくらい変わってたのかなって思ってたんです。」
彬は小さく肩をすくめる。
「ファンデーションくらいはしてたんじゃないか。」
そして、ふっと未来の顔を見つめた。
「未来は。」
「化粧しなくても十分綺麗だよ。」
未来は思わず目を丸くする。
「えっ。」
「それ、リップサービスですか?」
彬は少し照れたように視線を逸らす。
「……忘れろ。」
一瞬の沈黙。
未来は堪えきれず吹き出した。
「ふふっ。」
「黒沼先輩でも照れることあるんですね。」
その笑顔を見ながら、彬は胸の奥で苦笑する。
(……違う。)
(未来が俺に話したんじゃない。)
(たまたま真二の会社へ立ち寄った時。)
(同僚と楽しそうに話しているのが、耳に入っただけだ。)
『来月誕生日なんだけど、一回くらいデパートの化粧品売り場で相談しながら選んでみたいな。着いてきてくれない? 一人だと不安で。』
そんな何気ない一言だった。
それなのに、不思議と忘れられなかった。
(こんな時くらい。)
(恋人のふりをさせてくれ。)
未来は売り場を見渡し、小さく息を吸う。
「緊張する……。」
美容部員たちが笑顔で接客する様子を見て、少しだけ肩をすくめる。
「いらっしゃいませ。」
「今日は何をお探しでしょうか?」
彬が未来より半歩前に出る。
「化粧品を一式見直したくて。」
「本人はあまり詳しくないみたいなんです。」
「相談に乗ってもらえますか。」
美容部員は優しく微笑んだ。
「もちろんです。」
「普段はどんなメイクをされていますか?」
未来は少し困ったように笑う。
「実は……事故で記憶をなくしてしまって。」
「何を使っていたのかも、自分でも分からないんです。」
美容部員は一瞬驚いた表情を見せたものの、すぐに柔らかな笑顔へ戻った。
「そうだったんですね。」
「それでしたら、今のお肌の状態や、お好みに合わせて一緒に選んでいきましょう。」
未来はほっとしたように笑う。
「お願いします。」
美容部員は未来の肌を優しく見ながら尋ねる。
「普段はナチュラルメイクがお好きでしたか?」
未来は少し考えて首をかしげた。
「たぶん……。」
「でも、本当はアイシャドウとかマスカラとかもやってみたかった気がします。」
「なんとなくですけど。」
美容部員は嬉しそうに頷いた。
「でしたら、今日は挑戦しやすい色味でご提案しますね。」
「きっと、とてもお似合いになりますよ。」
「本当ですか?」
未来の表情がぱっと明るくなる。
その無邪気な笑顔を見つめながら、彬は静かに口元を緩めた。
本当のカップルみたいで、素敵ですね!
こんな風に接されたら、真二と元に戻った時のギャップに
未来が傷ついてしまいそうで心配です。
次回も、ほのぼのが続きますが。
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