第三十四話 戸惑う気持ち
少しの沈黙が流れたあと、
真二が何気ない口調で切り出した。
「そういえば未来。」
「会社には、いつ頃戻れそうなんだ?」
突然の質問に、未来はスプーンを置いた。
「先生からは、退院してから
しばらくは生活に慣らしながら、
少しずつ体を動かしてくださいって言われています。」
「歩くこと自体はリハビリになるみたいなんですけど、長時間立ったり無理をするのは、まだ痛みが残っていて……。」
「そうか。」
真二は頷く。
「じゃあ、復帰はもう少し先になりそうか。」
未来は少し考え込み、小さく息をついた。
「私は……。」
「あと一週間くらいあれば、仕事に戻れる気がするんです。」
「でも、まだ記憶も戻っていないですし……。」
「仕事で迷惑を掛けてしまわないか、それが一番不安で。」
そう言って、自然と彬へ視線を向ける。
「先輩なら、どうしますか?」
突然話を振られた彬は、一瞬だけ目を丸くした。
だが、すぐに穏やかな表情へ戻る。
「俺なら焦らない。」
「無理して戻って倒れた方が困る。」
「仕事はいくらでも取り返せる。」
「でも、お前の体は一つしかない。」
「まずは治すことだけ考えろ。」
その言葉を聞いた未来は、小さく頷いた。
「……そうですよね。」
少し考えたあと、真二へ向き直る。
「真二先輩。」
「あと一週間だけ、お時間をいただいてもいいですか?」
「その間に生活のリズムを戻して、リハビリも頑張ります。」
「それから会社に復帰したいです。」
真二は少しだけ考え、ゆっくり頷いた。
「一週間か。」
「分かった。」
「そのくらいなら、みんなにも説明できる。」
未来はほっとしたように笑った。
「ありがとうございます。」
その笑顔を見ながら、真二は心の中で呟く。
(……一週間だけだ。)
(未来も彬の家を出る。)
(会社にも戻る。)
(今まで通り、俺の隣で仕事をして。)
(そのうち記憶も戻る。)
その瞬間。
ふと、さっきの光景が頭をよぎる。
「先輩なら、どうしますか?」
彬へ向けられた、あの何気ない一言。
胸の奥が小さくざわつく。
(……何だ、この感じ。)
(仕事の相談なら、本当は俺にするはずだろ。)
そう思った自分に、真二は小さく眉をひそめた。
(……いや。)
(今は記憶がないから仕方ない。)
(記憶が戻れば、全部元に戻る。)
真二は彬を疑っているのではなく
自分の中の説明できない不安に戸惑っているのですよね。




