第二十三話 記憶の中の俺
食器を片付け終えると、彬が立ち上がった。
「風呂、先に入れ。」
「湯は張ってある。」
未来は少し戸惑ったように辺りを見回す。
「タオルとか……。」
「ああ。」
彬は洗面所を指さす。
「新しいのを出してある。」
「着替えも適当に置いといた。」
未来はほっとしたように頭を下げた。
「ありがとうございます。」
浴室へ向かいかけたところで、ふと足を止める。
「あの……。」
「ん?」
未来は振り返り、少し照れくさそうに尋ねた。
「私たち……付き合ってたんですよね?」
彬の肩がわずかに揺れる。
「……ああ。」
「じゃあ……。」
未来は視線を泳がせながら、小さく笑った。
「こんなことで恥ずかしがる方がおかしいんですよね。」
彬は思わず眉を寄せる。
「いや。」
「恥ずかしがっとけ。」
「え?」
「お前の記憶の中にいる俺は、大学の頃の俺なんだろ。」
未来は静かに頷く。
「だったら、それでいい。」
「今は無理に恋人らしくしなくていい。」
「恥ずかしいって思うのが普通だ。」
その言葉に、未来は少し目を丸くした。
そして、ふっと笑う。
「黒沼先輩って……。」
「思ってたより優しいんですね。」
その一言に、彬は思わず目を逸らした。
「……早く入ってこい。」
ぶっきらぼうにそう言うのが精一杯だった。
「はい。」
未来は小さく笑い、浴室へ入っていく。
ドアが閉まる音が響く。
静かになったリビングで、彬はソファへ腰を下ろし、大きく息を吐いた。
「……危ねぇ。」
恋人のふり。
そう割り切るつもりだった。
なのに。
未来が無防備に笑うたび、胸がざわつく。
浴室からシャワーの音が聞こえてくる。
(意識するな。)
そう言い聞かせても、昔から想い続けてきた相手が同じ家にいるという事実だけで落ち着かなかった。
一方その頃。
湯船に浸かった未来は、熱くなった頬にそっと手を当てていた。
「付き合ってたのに……。」
「なんでこんなに緊張してるんだろ。」
大学時代の黒沼先輩しか知らない。
ぶっきらぼうで、何を考えているのか分からなくて、少し怖い人。
でも今日一日、一緒に過ごしてみて思った。
ご飯を作ってくれて。
足を気遣ってくれて。
無理をするなと何度も声を掛けてくれた。
「……本当に恋人だったんだ。」
そう思うと、不思議と胸が温かくなる。
失くしてしまった二年間。
そこには、今よりもっと優しい黒沼先輩がいたのかもしれない。
そんなことを考えながら、未来はゆっくりと目を閉じた
「恋人らしく振る舞われたら自分が耐えられない」
「でも未来に無理はさせたくない」
という二つの感情が込められてますね。
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