第002号報告書:初の人神の発生事例による信仰と無影主の関連性
御蔵と巳弦は神域と現実を隔てる薄い膜を抜けた。人と神の境界は今も昔も脆く、微睡めば簡単に迷い入ってしまう。
高次元を3次元に貼り付けるアンカーのお陰で人である巳弦は神域を現実の様に闊歩出来るが、貼り付ける事の出来なかった弛んだ神域が靄として巳弦の低解像度現実化バイザーに映る。
「どうだ、御蔵。お前にはどう見える。」
バイザーの現実化指数を調整している巳弦が御蔵へ尋ねる。その左手には巳弦が自身の腿に着けていたカーボン製の拳銃が握られており、御蔵に差し出されている。
「いつも通りだけと、何それ。」
御蔵は巳弦の差し出した拳銃を細い目で見つめる。バイザーが2人の世界を遮り、巳弦の顔は伺えない。
「『相棒』だろ。信頼のヤツだよ。言わせんなよ。」
「ふぅ〜ん。可愛くなっちゃって。」
「勘違いはするなよ。信頼と言ったが俺に何かあったときに人として死ねる様にだ。」
御蔵の目は弄ぶようなニヒリとした目に変わった。虚無と信頼は神には理解できないのかもしれない。巳弦は言い訳を諦めて低解像度の神域で歩みを進めた。
低解像度の神域は非常に居心地の悪いものだった。一世紀も前のドットのゲームでは無いのだ。地面に転がっているブドウに見える球体は人の眼球であるかもしれない。最適化などされずに現実に落とし込まれた神域はそれ自体が持つ高貴さを巳弦に知らしめていた。
「巡れよ巡れ。世よ巡れ。巡りて帰れ豊穣へ。」
騒々しい店内音楽は、流行りのアニメソングではない。過去に謳われた豊穣賛歌に歪められている。巳弦はその喧騒と静寂の間を彷徨う神域に一抹の不信を感じ取った。
商品棚の肉や魚や野菜が揺らめいている。
それは低解像度化による揺らめきではない。豊穣賛歌に合わせて蠢いている。
「ひっでぇ趣味しやがって。」
しかしバイザーの生体信号検知システムは薄っすらと這うような生体信号を検知していた。
「そう言えば濱名ちゃんはどうして特神課なんかにいるの?こんな気持ち悪い仕事をやりたい人なんてそう居ないでしょ。」
バイザーが神的信号を受け取っている左から御蔵の声が聴こえる。耳から脳を蝕む豊穣賛歌を掻き消すためにも巳弦はその声に耳を傾け、内に秘め、決して開いて来なかった扉を開いた。
「俺の一族は代々ある神を祀ってきたんだ。親父も爺もそのまた爺も。」
重々しく語り始めたのは濱名一族の昔話。
「一代前の3度目の大戦で勢い付いた其だったが、信仰は知っての通り塵と化した。街は戦火に襲われて信徒は信仰の無力さを知ったんだ。
そこから全て変わっちまった。世界中で神が無影主という名の害獣と化し、俺は其の対米輸出の是非を問われた。日本は神が多いだろ?うちの神も輸出検討の一柱だった。
俺は了承した。神の輸出は兵器輸出に当たるから改善新安保違反だとか言う奴も居たが俺は了承した。」
徐々に苛立ちを隠せなくなった巳弦は商品棚を蹴散らした。豊穣賛歌に合わせて蠢く肉は痙攣した様に地面で収縮を繰り返している。
「だがな。結局其は輸出されなかった。先に米国で内戦が始まったからな。
でも其は居なくなった。俺が見捨てたから。俺が巡りを絶ったから。」
バイザー越しに痙攣する肉塊にmade in chinaのショットガンをぶっ放す。肉塊が肉片へと変わり、散乱するのが巳弦のバイザー越しに見て取れた。
御蔵は散乱した肉片を蹴り飛ばして巳弦の後を追う。
「無影主になっちまった。害獣に。
信仰すら失い、繋がりも絶たれた神は信仰を得る為に人を攫っては食った。時計の針が空の一点を指して、親父の影が一番短くなった時だ。親父の影は無くなっちまった。そして特神課が其を黒い死体袋に詰めたんだ。」
俯く巳弦は立ち止まり、自身の過去を嘲笑うかの様に小さく笑う。
「ふ〜ん。君の一族は一人も救えなかったんだね。」
「黙れ!犠牲を許容してこその未来だ!親父も爺も!誰もこれを理解してないんだ!」
場が張り詰め、生体保護装置が感情の高揚を検知する。
「俺も理解してないんだ。ただ自分に言い聞かせてるんだ。価値ある死だったと。」
「命に価値は無いよ。優劣は存在しないし、平等とかもない。命には存在以外意味が無いんだよ。」
「そうかもな…。」
自身の過去に振り回される巳弦とそれを理解出来ない御蔵だったが、両者が互いに理解を示す前に2人の間に神域の歪みが割り込んできた。
3次元に貼り付けられた歪みは広がり、音を立てて裂ける。内部からは赤く熟れた果実や腐敗して黒くなった果実がゴロゴロと流れ出てくる。漂う激臭は鼻腔内に入れたくない泥のような不快感を御蔵に与え、その白く細い鼻から感覚を奪う。
「うっわ…最悪。この服お気に入りなんだけど…。」
自身の服に腐敗した果汁が付いていない事を確認し、その服に腐敗臭が移っていないことを願う。そして左手を裂けた3次元に翳し、自身の権能にて塞ぐ。そして裂け目の奥に居た巳弦に視線を向けつつ話しかける。
「ねぇ濱名ちゃんまた今度この服買っ…!」
しかしそこに巳弦は居ない。へし折られた商品棚と散乱したカップ麺がコロコロと床を転がるだけだ。
裂け目に視覚を、腐敗臭に嗅覚を、権能に触覚を奪われた御蔵は、一瞬の隙の間に相棒と引き裂かれた。「何かあれば自分が守る。」「どうせ大したことはない。」「私には遠く及ばない。」積み重ねられた御蔵の油断が豊穣の鎌に刈り取られた。
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人の聴覚では聞き取れない耳鳴りの続く巳弦は『相棒』と引き剥がされてしまった。巳弦が幾度となく死地を乗り越えてきたのは、豊穣すら内包する『御蔵』の名を持つ相棒『御蔵主』の存在が大きい。神が人を愛した結末はどの様な結末であるかは周知の事実であるが特神課の兵器の持つ特性としては極上のものであった。
「随分…知識を溜め込んでたようじゃ…ねぇか…。」
聞こえない耳鳴りと豊穣賛歌が鳴り響く空間は巳弦に後頭部から撃ち抜かれた様な頭痛と共に薄く水の張った地に手を当てて起き上がる。
『『『いらっしゃい。私に逢いたかったのではないですか?』』』
ドーム状の空間の中央から根のような下半身と人の上半身を繋ぎ合わせた異形が問いかける。
アンカーとバイザーは故障してしまい、低解像度の現実が剥がれ落ち、高解像度の神域が徐々に姿を現し始めた。
「よく分かったな。それが読み取れたならとっとと死んでもらいたいんだけどな。」
12ゲージの強化拡張弾が豊穣目掛けて発射された。
ー被害状況ー
御蔵 ロスト
巳弦 ロスト
使用弾薬 強化拡張弾(12ゲージ)×3発
作戦使用武器 mcc散弾銃・G24




