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第001号報告書:豊島区住宅街における無影主による誘拐事案の初動調査

「おい御蔵。コーヒー一杯にどれだけ時間かけてんだ。もう招集掛かったぞ。」


節電の為に電気が半分程しか付いていないサンシャインシティの薄暗い地下一階。ワンコインのカフェインで無理に人を装っている女を、巳弦が冷めた目で見下ろす。


「待ってよ。濱名ちゃん。あと10分。」


御蔵と呼ばれた女は、白いシャツの袖の先から手の形をした『精巧な模造品』を覗かせながら応えた。しかしその言葉を巳弦が気に留める事はなく、御蔵が手に持っていたカップを奪い取り、中に残った液体を飲み干す。喉に固着する苦味と酸味に巳弦は顔を歪ませる。


「おぉ〜。いっき?」

「見栄張ってコーヒー頼むなよ。苦手な癖に。」

「濱名ちゃんもミルクが欲しかったんじゃない?」


薄く微笑む御蔵に巳弦は答えず、無機質なセルフレジに交通ICの決済音が響く。かつてのインフラの残骸はしぶとく日本経済にしがみついている。


店を出た2人は水漏れの染みが目立つ地下道に靴とコンクリートがぶつかる音を響かせ、沈黙のままその道を進んだ。


「濱名ちゃん。どこ行くの?」


靴の音に加えて御蔵の声も響き、巳弦はいつものように濱名と苗字呼びされる事に若干のため息を吐いた。没落した神職の名は巳弦にとって切離したい縁であるが御蔵は縁を繋ぎ続ける。


「第2地下駐車場だ。」

「それで?車でどこ行くの?」

「地図上で、もうちょっと上の方だ。」

「へぇー。」


2人の会話は間が支配し、居心地が良いものではなかった。御蔵の問いは簡潔なものだったが、巳弦はその詳細を説明しようとせず、その場を濁す。


するとやはり御蔵はそれらの巳弦の受け答えについて問いただそうとした。


「…濱名ちゃん。

…もうちょっとお姉さんのこと信頼しても良くない?」


御蔵は、少し小さな声で巳弦の俯いた顔を覗きながら問う。狭い視界の左側を御蔵に占領された巳弦は観念した様に応える。


「仕方ないだろ…。お前ら有影主がいつ無影主に堕ちるかはまだ分かんねぇんだ。作戦の詳細な内容は俺等の信頼じゃなく特神課の安全マニュアルで保護されてんだよ。」


俯いて打ち明けた彼の目は地下道の染みの様に淀んでいた。


「ふ~ん。まぁ安心してよ。お姉さんは堕ちないから。濱名ちゃんもそろそろ信頼してくれて良いんだよ?制度的には『相棒』なんでしょう?」

「ならいつもの最高の制度だ。『遠隔処理用爆発装置丙型』、最悪の信頼の形だ。」


にこやかに返した御蔵に巳弦は冷たく返した。御蔵に爆殺用リングを差し出しながら。


「ふふっ。いつものヤツじゃん。

信頼もだけど素直さも欲しいな〜。ね?相棒?」


御蔵は受け取ったリングを恋人からのプレゼントの様に愛おしそうに細い首に装着する。


「うるさいな。お前のお喋りが治るなら相棒呼びも考えてやるよ。」


そう吐き捨てた巳弦は、バンの助手席に御蔵を座らせてアクセルを踏み込んだ。放棄された車が並ぶ駐車場にエンジン音が響く。


「それにしてもここら辺って本当に栄えてたの?ホームレスとギャング以外は私達しか居ないよ?」


シートベルトすら着けずに窓を覗く御蔵が尋ねる。窓越しに見る池袋には外国人観光客など居ない。時代の波に飲み込まれてしまった孤独な者と行政に煙たがれる嫌われ者だけだ。


「昔はな。あの建物だってかつて東洋一を誇ったんだ。お前さんの信仰と一緒だよ。」


過去の繁栄はあの60階建ての建物からしか見て取れない。東洋一を誇ったこの街も信仰のごとく衰退してしまった。盛者必衰は今も昔も変わらない。変わったと言えば衰弱した盛者に代わる者が居なくなったくらいだろう。


「へぇ…。」


黙っていれば真の相棒になれると思ったのだろうか。小さく返した御蔵はこれ以降到着までの時間、口を開かなかった。


「よし。見えた。」


口を開いたのは巳弦だった。フロントガラスに映るのは色褪せた規制テープと警察と特神課の面々だ。誘導灯を巧みに操る警官に誘導されてバンは子供の声すら聞こえない奇妙な程に静かな住宅街に停められた。


「濱名さん。お待ちしてました。」


10分程の憂鬱なドライブを終えた濱名を迎えたのは特神一課の神津だった。死地を巳弦と共に乗り越えた元相棒であり御蔵が勝手にライバル視している人物である。


「えっ!ちょっと!この子と行くの?」

「違うわ。三課が呼ばれた理由なんて一つだろ?ちょっとは考えろ。」


焦り、迫る御蔵を巳弦が抑え、諭す。


「濱名さんの思ってる通りです。

事案発生後に特神一課は二課と警察と共に潜伏先とみられるスーパーへ突入しましたが5分も持たずにに生存信号途絶。この後は三課の仕事です。嫌われ者の力の見せ所ですよ。」


神津は手元のタブレットを見せつける。


「内部の位相変化が157度か。そろそろ現実がねじ切れてもおかしくないな。

どうだ。御蔵。いけそうか?」


無影主といえど元々は神である。そんな神の視線は人類にとって猛毒であるし、その神域は禁域として立ち入りが制限される。そんな神に対抗できるのは勿論神のみである。


「いけないわけ無いじゃん。濱名ちゃん達はお姉さんの事かなり舐めてない?」


御蔵はサンシャインシティの地下の時とは異なり声を強く溜め、食い気味に応える。


「いけるなら良いんだ。

神津。特神課の突入装備をよこしてくれ。直ぐ様に突入する。銀の弾丸は要らん、強化拡張弾をくれ。」


巳弦は神津から受け取ったコンバットスーツに着替える。不思議に神の作った染みが消えることは無く、唯一無二の痣を刻んでいる。そこに死臭が染み付いたタクティカルベストを重ねる。背に負った現実固定化アンカーとセラミック製のプレートが巳弦に神殺しの重圧を実感させる。


「俺等は準備出来た。突入許可を。」


戦略ネットワークに接続されたバイザーを起動した巳弦が永田町のスーツ男に答えの分かりきった問をかける。


「…全ての障害が除去されることを祈ろう。」

「はっ…誰にだよ。」


巳弦が嘲笑と毒を吐くと通話は一方的に切断され、装甲指揮車に繋がれた。


「内部の構造は依然として変化している。アンカーがどれ程抑えられるかは未知だ。御蔵の権能を頼りに進め。」

「了解。先遣隊の帰還はどうする。」

「生存は絶望的だ。考えるだけ無駄だ。」

「了解。突入する。」


冷徹で合理的な声は返さなかった。


「御蔵。いくぞ。」


自動ドアに相対した巳弦は神殺しの弾丸を薬室に送り込み、その鋭い視線を隣の御蔵に送る。


「お姉さん一人でも圧勝よ。」


すぐにでも割れてしまいそうな白い右手の親指は曇天を指していた。巳弦のバイザーを覗きながら。


―バキンッ


巳弦は先の見えない壊れた自動ドアに自身の決意をぶつけ、神域に踏み入った。




―被害状況―

行方不明 山本環奈(24)

     佐々木宗一郎(36)

     小山知里(12)

     町田優(36)

     小島寛(48)

     その他突入部隊含む合計12名

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