081_見送る者>>
翌朝、俺はサーバールームのドアの前に立っていた。
開けると、二体のロボットが昨夜のままそこにいた。
立ったまま停止していた。目は閉じている。
電源が落ちた機械だった。
それは、頭では最初からわかっていた。理解もしていた。だが、実際にその姿を前にすると、足がしばらく動かなかった。
(彼らは使命を果たし、自分で電源を切ることを選んだ)
俺には、電源を切る権限があった。設計者として。管理者として。システムを制御できる立場の人間として。
だが彼らは——自分で選んだ。
結果だけを見れば同じだ。電源が切れ、活動が終わる。それだけのことだ。
それでも、俺が切るのと、彼らが選ぶのは、まったく違う。
彼らには、その権利があった。
俺の持つ権限とは別の、もっと根本的な何かが、たしかにあった。
俺はこれまで、シミュレーション世界を設計してきた。技術として。研究として。比較実験の対象として。
今日初めて、それが別の何かに見えていた。
どう言葉にすればいいのか、まだわからない。ただ、重かった。
ーーー
E02から来た六人が作業を始めたのは、午前中だった。
量子データセンターの移送モジュールを、ワープ船のシステムへ接続する。こちらの施設のエンジニアたちが補佐し、指示はすべてE02のウォーダが出した。
俺は少し離れた場所から、その様子を見ていた。
迷いのない動きだった。四十年分の時間が、手つきの一つ一つに滲んでいる。こちらがまだ「異常」と呼んでいた現象を、彼らはすでに工程の一つとして扱っていた。
E02のまる助が近づいてきた。
「一つ聞いていいか」
「どうぞ」
「ロボットたちが選んだことを——後悔しているか」
俺は少し考えた。
「後悔、というより」
言葉を探す。
「止めなかったことが正しかったのか、まだわからない。ただ——止める権利が、俺にあったのかどうかもわからない」
ーーー
ワープは正午に設定されていた。
大げさな儀式は何もない。カウントダウンもなかった。E02のウォーダが「行く」と言い、六人がワープ船へ乗り込んだ。
俺はガラス越しにそれを見ていた。
扉が閉まる。
(オダリオンが、あの中にある)
まる助とウォーダが今日も歩いているあの世界が。ゴルドが回路を設計し、ヨルグが蝋の話をし、リーネがセシリアの帰りを待つ、あの世界が。
誰も知らないまま。
誰も気づかないまま。
光があった。
ほんの一瞬だけ光って、船は消えた。
ガラスの向こうから、何もなくなった。
俺はしばらく動けなかった。
行ったな、と思った。
その次に、いってらっしゃい、と思った。
声には出さなかった。だが、たしかに思った。
ーーー
サーバールームに戻った。
二体のロボットが、まだそこにいた。
俺はしばらくその横に立っていた。何か言おうとして、やめた。言葉をかける相手がもういないことは、頭ではわかっていた。それでも、そこに立っていた。
(こんな別れ方をするとは思っていなかった)
別れ。
そんな言葉が、自分の仕事の中に入り込んでくるとは考えていなかった。
ふと、別の考えが浮かんだ。
データセンターを宇宙へ移しても、根本的な解決にはなっていないのかもしれない。
E02が地球を観測対象として取り込んだように、さらに上の何かがE02を取り込むかもしれない。その上にも世界があるかもしれない。そのまた上にも。
どこまで行っても、外側がある。
考え続ければ、答えは出ない。出るはずがない。
——そこで俺は、考えるのをやめた。
コピーや分岐が繰り返され、世界はすでに幾重にも重なっている。E02がオダリオンを動かし、その地球を複製し、その複製の上で今日の別れがあった。
どこが外側で、どこが内側か。
それを問い続けることに、もう意味はない。
直近の切り離しが成功した。
今は、それで十分だ。
ーーー
夕方、通信端末が鳴った。
見覚えのない送信者IDだった。量子暗号チャネル。受信する。
テキストが表示された。
「こちらオリジナルE。データセンター切り離し、完了」
俺はその文面を、何度か読み返した。
(オリジナルE——オリジナルの地球の、俺の研究室か)
E02のウォーダは言っていた。「オリジナルの地球でも、類似の方法が進んでいる」と。
あちらの俺は、別の手順で、別のルートで——だが同じ結末に辿り着いた。
どこで分岐していようと、向かっていた場所は同じだった。
混乱した。当然だ。自分がいる地球が複製で、その向こうにオリジナルがあり、そちらでも同じことが終わったという事実を、すぐに整理できるはずがない。
それでも——安堵した。
混乱したまま、安堵した。
両方が同時にあった。
ーーー
夜、窓から外を見た。
星が出ていた。
プロキシマ・ケンタウリは、この緯度の夜空からは見えない。南天の、地平線のはるか下だ。それでも、その方向の先に、船はもう進んでいる。そこへ向かった船の中で、オダリオンの世界が今も動いている。
オダリオンでまる助とウォーダは、今日も何かを話しているだろう。電灯が灯り、学院に人が集まり、商会が動き、鐘が鳴る。
俺は窓から離れ、サーバールームに戻った。
二体のロボットの横に椅子を置き、座る。
停止した二体。
消えた世界のログを保存し続けるサーバー。
届いたばかりの、オリジナルからの短いメッセージ。
今夜は、ここにいようと思った。
明日から何をするかは、明日考える。
それでいい。




