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鏡花水月

 レベルが上がるアナウンスがされてから30分ほど経過した。


 セバスが狐の獣人と戦闘をしているが、もはやその面影はどこにもない。


 身体のあちらこちらに顔が浮かび上がり、手の数は尻尾の数を超え、足は大小様々な形でおぞましい姿となっている。

 肉団子と言っても過言ではないその姿は彼女が自身に吸収してきた結果なのだろう。


「あぁあああー!!」


 言葉というより叫び声に聞こえるその絶叫は俺の心に何故か悲しみの感情を沸き上がらせた。


「もはや生き物ではない。あれは生にしがみ付いた怨念に近い亡霊だな」


 何があったかは分からないが、彼女の心は既に死んでいる。

 だが、生前の強い意志によって今まで何とか決壊せずに済んでいただけだ。


 いつ壊れるか分からない老朽化した建造物のような心と精神は少しの衝撃で瓦解する。


 彼女が壊れた原因は知りえないが、壊した原因は俺達なのだろう。


「っく……」


 大量の腕がセバスを襲い、必死に避けている。

 影に逃れ、伸びる腕を影鋼糸で切り刻むが、何事もなかったように再生し再びセバスを追う。


 ずっとセバスを必要に追い回す手はセバスを捕まえて取り込む気なのだろう。


 何度か危ない場面があったが、俺がスキルを使って離脱させてた。


 彼女の思考がまともなら俺を一番に狙うだろうが、俺のことは眼中にないらしい。


 俺は戦闘に入れない。

 武器も魔法も使えないからだ。


 俺に出来る事はスキルで自分のステータスをセバスに譲渡するぐらいだ。


(セバスあとどのくらい持ちこたえられる?)


 俺はスキルの念話でセバスに話をかけた。

 声を出して万が一俺に攻撃を向けられても困るからだ。


(10分が限界です。体力が持ちそうにありません)

(わかった)


 撤退も選択の一つに入れなければならないな。


『主様~。今何してますか?』


 緊張した空気感の中、バカな声が頭に響いた。


(ボスとの戦闘中だ。何かあったのか?)


 心を落ち着かせてデュラハンに問いかけた。

 コイツに一々イラついても仕方ない。


『えっと。1つ目は翔くんが勇者として覚醒しました。進化したようです』

(はぁ?)

『2つ目は猫の獣人と猿の獣人を仲間にしました』

(え? ちょっと待て!)

『3つ目ですが、香奈がライオンの獣人の魂のお酒を飲んだことで強くなりました』

(何言ってるだ? 俺の話を……)

『あ、今からそっちに向かうのでよろしくで~す』

(お前……)


 そう言ってデュラハンが通話を切った。


 すぐさま折り返したがあいつが出る事はなかった。

 出なかったので香奈に電話をした。


『もしもし』

(香奈。あのバカに使えといてくれないか?)

『なに?』

(後で説教だと)

(私もこの戦闘が終わったらあの子を怒る気だから一緒にやろう)

(わかった。ちなみに後何分で来れる?)

『10分ぐらい』

(なるだけ急いでくれ)

『分かった』


 ふぅ。

 あのバカにはコミュニケーションとは何か、報連相とは如何に重要なことかとかいろいろ教えてあげよう。


(セバス。10分ほどで香奈たちがこっちに来るぞ)

(分りました。それまで耐えましょう)


 セバスが少し頬を上げて戦闘に集中する。


 先ほどのデュラハンの話では猫と猿の獣人を仲間にしたってことはライオンの獣人は死んだってことか?

 ってことは香奈のヤツはあのライオンに勝てたのか。


 頑張ったな。

 後で褒めてやろう。


 戦闘面で心配だった翔も生きていることだし、良かった。


 それから数分後に香奈たちがやってきた。


「おまたせ」

「到着しました~」

「うわ……。アレがボスですか」


 一瞬、ボスから視線を外して皆を見た。

 少し凛々しくなった香奈の表情に少し驚いたが、全員が元気そうでよかった。


「お前さんが大将かえ?」


 猫の獣人が俺に話かて来た。


「そうだ」


 視線はボスから離しはしないが、返事をした。


「思うところあって仲間になりんした。良しなに」

「めんどくさいが、俺も仲間になる。よろしく頼む」


 頭を下げる2人からは親を見捨てる心苦しさ・葛藤・後悔・悔しさ・寂しさ・悲しさ・自己の怒り・責任感が感じられる。

 俺たちを裏切って貶める気持ちや感情は感じられない。


「役に立つなら仲間にするが、役に立たなければ素材にするからな」

「そ、それは任せて欲しいでありんす!」


 冗談で言ったが猫の獣人が顔を青くしていた。


「冗談だ。真に受けるな」


 可愛そうなので否定しておく。

 信頼関係は重要だからな。


「ほっとしたでありんす」

「怖いことを言う大将だ」


 そう言うと2人は視線を原型を失った狐の獣人に移した。


「母さん……」

「女将さん……」


 目は寂しくも納得したような表情をする二人。


「最後はわらわ達の手で天に還そう」

「めんどくさいが、そうしよう」


 二人の雰囲気がガラッと変わった。


「香奈。あいつらパーティー設定してあるのか?」

「してある。経験値が勿体ないから」

「さすがだ」


 手柄は譲るが分け前は貰うぞ。


「詠唱に入る。猿、わらわを守ってくれよ」

「分かってるよ、姉さん」


 猿の獣人がどこからかこん棒を取り出して九尾に肉薄する。


 セバスのポジションと変わるようにして腕の攻撃を捌いていく。


「『水面月に手を伸ばす。虚実・偽物・紛い物。存在せぬがここにある。実体せぬがここにある』」


 猫の獣人の歌が始まった。


 詠唱と言っていたが俺には歌に聞こえる。

 とても透き通る声で真のある美しい音色に心を持って行かれそうになる。


「『海底撈月(かいていろうげつ)極まりて、なおもめげず手を伸ばす』」


 彼女の着物衣が巫女服へと変わる。

 手にはスレイベルを持っている。


 シャンシャンと鳴らしならが踊りは始めた。


「『水面に写った月は消えども天の月は消えはしない』」


 自意識を失ったはずの九尾は何かを察知して猫に獣人に攻撃を向けた。


「させるかよ!」


 猿の獣人が彼女の前に立って攻撃を捌く。


 だが、あまりにも激しい攻撃に徐々に押されている。


「私も手伝う」

「俺も行きましょう」


 香奈と翔は前に出た。


 3人で九尾の攻撃を防ぐ。


「お前は行かなくて良いのか?」

「私が行ったら誰が主様を守るんですか?」

「それもそうか」


 セバスは全力を使って後ろに下がられているし、今の俺では攻撃を食らえば死ぬしな。


「『あぁ月よ。その美しさをなんと表現できようか』」


 猫の獣人の周囲が明るくなっていく。

 まるで月が照らしているかのような優しい光が彼女を更に幻想的にしていく。


「『あぁ月よ。この気持ちをなんと表現できようか』」


 彼女を照らしていた光は徐々に範囲を広げていく。


「『朝に沈み、夜に花咲くその姿。一度で良いから手に取りたい』」

「『一度で良いから私の手を取ってほしい』」


 ついには部屋全体が光に包まれてしまった。


「『届かぬ想いは水面月』」

「『生涯あなたを想います』」

「『そんな私に一夜の夢を見せてくれ……』」


 歌と踊りは動きを止めた。

 そして。


「『鏡花水月』」


 その言葉を発した瞬間。


 ダンジョンの中が光に包まれ、気が付くと黄金色に輝く稲穂畑にいた。


 



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