『聖庁官制録』十二枢機卿会及び中央七座について
聖庁の統治は、聖皇を頂点とし、十二名の枢機卿によって補佐される。
十二枢機卿会は聖庁における最高評議会であり、教義、軍務、異端審理、諸邦との交渉その他、聖庁の権威に関わる重大な案件を審議する。
枢機卿は聖皇に次ぐ高位聖職者であると同時に、聖庁の統治を担う者でもある。
聖皇の座が空位となった際には、十二名の枢機卿が次代の聖皇を選出する。また、枢機卿は選挙に参与するのみならず、自らその座に就く資格を有する。
すなわち、十二枢機卿会は聖皇の下に置かれながら、次代の聖皇を定める権限をも併せ持つのである。
十二の枢機卿座は、その職掌によって二つに大別される。
一つは、東部五公国の公都に大司教座を構える五名の地方担当枢機卿、いわゆる大司教五座である。
彼らはそれぞれの公国における教会組織を統べ、司教らの監督、世俗諸侯との折衝、聖庁の布告の伝達と施行を担う。
各公国の君主が神胤の権威をもって土地を治める一方、聖庁は大司教座を通じて、その領内における信仰と教会秩序を維持する。
ゆえに大司教五座は、聖庁と世俗権力との間に立つ者である。
そして、もう一つが聖都レムリアに置かれた七名の中央担当枢機卿、すなわち中央七座である。
中央七座は、それぞれ聖庁の主要官庁を統べる長官職を兼ね、聖庁の実務と権能を分掌する。
その席次と所掌は、以下のとおりである。
第一座 教義聖省
第一座枢機卿は、教義聖省の長官を務める。
教義聖省は、正統なる神学の維持、聖典及び教義の解釈、異説の審査を所掌する。
その権限は一般の聖職者にとどまらず、枢機卿の地位にある者にも及ぶ。
聖庁の高位聖職者が教義に背き、あるいはその権威をもって信仰を歪めたと認められる場合、教義聖省はこれを審査し、最高位の裁定を下す。
第一座が「聖庁の良心」と称されるのは、この職掌による。
ただし、良心とは寛恕を意味するものではない。
正統を守るためには、正統を説く者自身を裁くこともまた、その務めに含まれるのである。
第二座 聖都防衛・軍務省
第二座枢機卿は、聖都防衛・軍務省の長官を務める。
聖都レムリアの防衛、聖騎士団及び聖導兵団の指揮、ならびに大規模な武力行使を要する異変への対処を所掌する。
その対象は、外敵による侵攻のみではない。
大規模な魔物の出現、都市規模の災厄、あるいは大破滅の残滓に起因する異常現象など、通常の司教区や地方の武力では対処し得ぬ事態も、第二座の管轄に属する。
聖庁が有する軍事力は、世俗国家の軍とはその目的を異にする。
されど、武力が行使されたときに生じる結果まで異なるわけではない。
第三座 審理庁
第三座枢機卿は、審理庁の長官を務める。
異端及び聖導犯罪の捜査、審問、裁判、ならびに危険な術式や物品の収容を所掌する。
審理庁は、聖庁の諸機関のうち、とりわけ多くの実働要員を擁する官庁である。
その職務は、証拠の収集、関係者の尋問、術式の鑑別から、被疑者の拘束、判決の執行にまで及ぶ。
死都に由来する遺物、禁忌の術式、異界との接触を疑われる事案なども、審理庁の取り扱う重大案件に含まれる。
第三座の権威は、単に罪を裁くことにあるのではない。
何をもって罪と認め、いかなる証拠によってこれを立証するか。
その手続きを統べるところに、審理庁の権限の重さがある。
第四座 儀礼・結界聖省
第四座枢機卿は、儀礼・結界聖省の長官を務める。
大陸各地に設けられた大結界の維持、聖遺物の封印管理、ならびに広域儀式術式の施行と監督を所掌する。
大規模な結界は、ひとたび築けば永遠に保たれるものではない。
その維持には継続的な観測と調整を要し、異常が認められた場合には、術式の修復、再構築、あるいは解体が必要となる。
第四座は、こうした術式的防衛の中枢を担う。
その仕事の多くは、平時において人々の目に触れることがない。
結界が正しく機能している限り、その内側に暮らす者が、結界の存在を意識する必要はないからである。
第五座 遺物・死都調査庁
第五座枢機卿は、遺物・死都調査庁の長官を務める。
大破滅に由来する遺物、旧帝国の危険な魔導器物、ならびに死都アクス・ムンディに関係する物品の捜索、発掘、鑑別及び回収を所掌する。
これらの遺物には、由来や用途が判明しないものも多く、その危険性は外観や保存状態によって判断できるとは限らない。
また、発見された遺物が正規の管理を離れ、私的な収集家や非合法の市場へ流出することを防ぐのも、第五座の重要な職務である。
遺物に犯罪の嫌疑が伴う場合、その調査は第三座の審理庁の職掌とも密接に関わる。
いずれの官庁が事案を主導するかは、その性質によって判断されるべきものである。
第六座 聖医・解剖庁
第六座枢機卿は、聖医・解剖庁の長官を務める。
未知の毒物、呪詛、異端術式による人体の変異、ならびにこれらに起因する傷病及び死因の鑑別を所掌する。
その調査対象は、生存者と死者の双方に及ぶ。
身体に残された術式の痕跡、異常な組織変化、通常の医学では説明し得ぬ症状などを検分し、その原因を究明する。
第六座の職務は、治療と審理の双方に関わるものである。
ある者の身体に生じた異変が、病によるものか、呪いによるものか、あるいは何者かの意図によって引き起こされたものか。
その区別が、しばしば事件の帰趨を左右する。
第七座 外務・密情報庁
第七座枢機卿は、外務・密情報庁の長官を務める。
東部五公国をはじめとする諸国家との外交交渉、対外情報の収集、ならびに聖庁の秩序を脅かす秘密結社や過激派組織の動向監視を所掌する。
その職務には、公然たる使節の派遣と交渉のみならず、秘匿された情報活動も含まれる。
他国の宮廷において交わされた密約、表に現れぬ資金の流れ、信仰を隠れ蓑とする集団の企図など、通常の外交文書に記されぬ事柄も、同庁の収集する情報の対象となる。
第七座の活動は、その性質上、公に記録されるものばかりではない。
聖庁の名の下に行われたすべての仕事が、聖庁の名とともに後世へ残るとは限らぬのである。
◇
特務審理官について
中央七座には、それぞれの枢機卿が直属として任命する特務審理官が置かれる。
その定員は七名。
特務審理官は、各官庁の通常の指揮系統とは別に、任命権者たる枢機卿の特命を受ける資格と権限を有する。
その正式な名乗りは、
「第○座枢機卿特命、特務審理官」
とする。
特務審理官の席次は第一席から第七席まで定められており、原則として各席は、同じ序数を持つ中央枢機卿座の職掌に対応する。
ただし、枢機卿の「座」は聖庁最高評議会における地位を、特務審理官の「席」は個々の特命官に与えられた職位を示すものであり、両者は区別される。
第一席は聖庁中枢の護衛及び高位聖職者の粛清を担う。
第二席は軍事規模の異変及び大規模災厄への武力対処を担う。
第三席は特命異端審判及び他の特務審理官に関わる重大事案の統括を担う。
第四席は広域封印及び大規模術式の解体を担う。
第五席は死都遺物の調査、異導事件の捜査及び危険物の回収を担う。
第六席は呪導及び生体変異の鑑別と解明を担う。
第七席は潜入、情報収集及び過激派組織の追跡を担う。
特務審理官は、いずれも通常の官吏によって代替し難い案件を扱うために設けられた職である。
そのため、職務の遂行に際しては、各人の専門とする術式、武力、調査能力が重視される。
ただし、任命権者たる枢機卿が、日々の任務を逐一指揮するものではない。
第四席から第七席までの実働官は、原則として第三席の統括下に置かれ、任務の割当、現場における指揮及び案件の調整を受ける。
第三席は、特命異端審判を担うとともに、他の特務審理官に重大な背信または不祥事の疑いが生じた場合、その調査と審判を執り行う権限を有する。
もっとも、第三席の統括権は、各枢機卿が有する任命権及び特命権を侵すものではない。
各枢機卿が直属の特務審理官に対して直接特命を下した場合、その命令は通常の任務指示に優先する。ただし、任務の重複及び指揮系統の混乱を避けるため、第三席にその旨を通達するものとする。
すなわち、特務審理官は各々の枢機卿に直属しながら、その職務の遂行においては、定められた指揮系統に従うのである。
特務審理官の権限は、本人の能力によって生じるものではない。
それは、あくまで枢機卿より委ねられた権限である。
いかに優れた審理官であろうとも、その名に冠する枢機卿の特命を離れて、聖庁の権威を行使することはできない。
特務審理官が携えるものは、個人の武力であると同時に、任命した枢機卿の意志でもある。
ゆえに、その行為に対する責任は、任命権者の権威と切り離して論じることができない。
聖庁には、十二の枢機卿座がある。
五座は諸邦に根を張り、七座は聖都において聖庁の権能を分掌する。
その下には数多の聖職者、官吏、兵士、審理官が属し、各々の務めを果たす。
されど、いかに広大な組織であろうとも、聖庁の権威が無数に分かたれているわけではない。
すべての職掌は、聖皇を頂点とする一つの秩序の下に置かれる。
十二の枢機卿は、その秩序を支える者である。
そして聖皇の座が空いたとき、次にその頂点へ立つ者を選ぶのもまた、彼ら十二名なのである。




