『東部諸邦便覧』建築篇
学術都市アーク・ライブラリ刊
地誌編纂者による東部五公国の概説
まえがき
建築は、土地の気候と、そこに住まう人々の気質を映す鏡である。
寒冷の地には厚き壁が築かれ、温暖の地には風を通す回廊が設けられる。雨多き土地では水を避け、陽光に恵まれた土地では、これを屋内に招き入れる。
されど、諸邦の建築を単なる風土への適応と考えるならば、その半ばを見落とすこととなろう。
神胤の諸侯は、古来よりその血統と権威を建造物に託してきた。城壁の高さ、宮殿の広さ、装飾の華麗さは、単なる財力の誇示にとどまらない。そこには、己が何者であり、いかなる神の末裔であるかを、後世にまで知らしめんとする意志がある。
以下、東部五公国に見られる代表的な建築について記す。
一、ネルドリンゲン公国
ネルドリンゲンの建築を語るにあたり、まず挙げるべきは、その堅牢さである。
北方の山岳地帯に築かれた城塞は、黒灰色あるいは深緑を帯びた巨石を積み上げたもので、壁は厚く、窓は小さい。遠目には人工の建造物というより、岩山の一部がそのまま城壁となったかのように見える。
当地の建築において、美しさとは必ずしも優美さを意味しない。
風雪に耐え、敵兵を退け、幾世代にもわたって揺るがぬこと。それこそが、北方の建築家たちの求める美徳なのである。
ことに大隧道の検問要塞、ノルド・ゲートは、その好例といえよう。
山体を穿って設けられた巨大な通路と、その出入口を守る堅牢な要塞は、単なる国境の関門ではない。北方の交易を掌握するネルドリンゲン公国の、軍事と財政の両面における威信を示す建造物でもある。
当地では、岩盤そのものと建造物を同調させる特殊な築城法が伝えられている。これは北方地殻を司る神の権能に由来するものとされ、地震や雪崩にも容易には損なわれぬという。
もっとも、こうした堅牢さばかりを見て、ネルドリンゲンの建築を無骨と断ずるのは早計である。
厚い石壁の内側には、精緻な木工装飾を施した居室が設けられている。
寒冷な土地で育つ目の詰まった針葉樹は、当地の職人の手によって、梁や扉、壁面の装飾、家具へと姿を変える。木目の美しさを活かした彫刻は、諸邦の富裕な邸宅でも珍重されるほどである。
大きな暖炉を中心に、重厚な木製家具と厚い羊毛の敷物を配した室内は、外観の峻厳さからは想像しがたい温もりを備えている。
外には石を、内には木を。
北方の人々は、外敵と寒気を拒むことには徹底しているが、ひとたび壁の内側に迎え入れた者には、存外に居心地のよい空間を用意するのである。
二、アルテンブルク公国
ネルドリンゲンの建築が大地の堅牢さを体現するものならば、アルテンブルクの建築は、秩序と永続を形にしたものといえよう。
冷涼にして乾燥した中北部台地には、白亜の石材を用いた建造物が多く見られる。
高く伸びる柱、整然と並ぶ回廊、左右の均衡を重んじた構成は、当地の貴族たちが尊ぶ格式と規律を、そのまま石に刻み込んだかのようである。
建築の装飾は決して乏しくないが、いたずらに奇を衒うものは少ない。古くから伝わる比例と意匠を守り、調和のうちに美を求めることが、当地の建築家の理想とされる。
なかでも名高いのは、白亜の崖と一体をなす大修道院図書館、アルカディアである。
高い天井の下には幾層もの書架が連なり、長大な回廊には乾いた風が静かに通う。
当地を司る高地気流と澄空の女神の権能によって、書庫には過度な湿気が及ばず、羊皮紙や古文書の保存に適した環境が保たれているという。
アルテンブルクの人々が、旧帝国の文書や記録を何より大切にしてきたことを思えば、かくも巨大な書庫が公国を代表する建造物であるのは、至極当然のことかもしれぬ。
また、白い列柱の連なる誓約の回廊も、当地の建築を語るうえで欠かせない。
風が絶えず吹き抜けるその回廊は、開放的でありながら、どこか厳粛な趣を帯びている。
他国の宮殿が訪れる者を圧倒せんとするのに対し、アルテンブルクの建築は、むしろ訪問者に姿勢を正すことを求めるようである。
当地の貴族は、古い建造物を改めることに慎重である。
そのため、幾世代にもわたって同じ意匠が受け継がれ、新たな建造物にさえ、旧時代の様式が忠実に再現されることがある。
古きを守ることは、確かに一つの美徳であろう。
ただし、アルテンブルクの建築家にとって、何をもって新しいと呼ぶべきかは、他国の建築家には少々理解しがたいところがある。
三、レオポルド大公国
レオポルド大公国の建築は、東部諸邦のうち、最も壮麗にして華美なものとして知られる。
豊穣なる中央平原に築かれた公都には、白大理石の宮殿、金箔を施した装飾、壮大な円蓋を戴く建造物が立ち並ぶ。
その配置には左右の均衡が重んじられ、広場から宮殿へと至る道筋にさえ、整然とした秩序が見いだされる。
しかし、アルテンブルクの建築が静謐なる秩序を求めるのに対し、レオポルドのそれは、見る者を圧倒する壮観を求める。
当地の宮殿では、巨大な高窓と硝子の天井、磨き上げられた鏡が多用される。
陽光は窓から広間へと注ぎ、幾重にも反射して、建物の奥深くにまで光を届ける。
なかでも太陽光の鏡殿は、その技術の粋を集めたものとされる。
大謁見の間に設けられた無数の鏡は、昼間には燭火を要さぬほどの明るさを生み出し、金と白に彩られた広間を、あたかも光そのものによって築かれた宮殿のごとく見せるという。
こうした建築には、太陽光と大気を司る神の権能が深く関わっている。
光と暖気を集める特殊な構造によって、館内には四季を通じて春のような温もりが保たれると伝えられる。
また、正五角形の巨大な円蓋を持つ聖約会堂、コンクラーヴェも、当地を代表する建造物の一つである。
その壮麗な外観は、宗教的な威厳と、盟主国の権威とを同時に示すものとなっている。
レオポルドの建築において、光は単なる照明ではない。
それは繁栄の象徴であり、神胤の威光を示すものであり、ひいては旧皇統の正統性を目に見える形にしたものでもある。
さればこそ、当地の宮殿は、ただ居住するための建物であることを許されぬ。
その扉、その柱、その窓に至るまで、盟主の威信を損なわぬものでなければならないのである。
四、モルダウ公国
モルダウの建築は、他の諸邦と比して、著しく異なる様相を呈する。
湿地と河川が網の目のように入り組む当地では、堅固な地盤を得ること自体が容易ではない。
そのため、建造物の多くは水辺に沿って設けられ、ときには水中に打ち込まれた杭の上に建てられる。
街路と水路が複雑に交差し、建物の正面が陸路ではなく、水面に向けられていることも珍しくない。
外壁には黒い石材や濃赤色の煉瓦が用いられ、色硝子を嵌め込んだ窓や、艶やかな黒玻璃の装飾が見られる。
欄干や鉄格子には、蔓草、水草、蛇などを思わせる曲線が好まれ、その意匠は優美でありながら、どこか妖しげな趣を帯びる。
当地の建築家は、直線と均衡を重んじるアルテンブルクの職人とは、まるで異なる美意識を持つようである。
とりわけ名高いのは、黒玻璃の水上宮殿である。
水路に囲まれ、船によってのみ近づくことのできるその館は、黒い硝子と暗色の石材によって飾られ、水面に映る姿までが一つの建築意匠をなしているという。
モルダウの建造物には、複雑な通気口や煙突が数多く設けられている。
これは湿地の地下から生じる熱気や気体を逃がすための工夫であり、当地特有の風土に適応したものである。
一方、意図的に採光を抑えた構造も少なくない。
光を十分に取り込むことを美徳とするレオポルドとは対照的に、モルダウでは、影そのものが建築の一部として扱われる。
地下には調合室や回廊が複雑に設けられることもあり、これらは外来者にとって、まことに見通しの利かぬ構造となっている。
当地の建築については、しばしば秘密の通路や隠された部屋の噂が語られる。
しかし、湿地に築かれた建造物には、排水、通気、地熱への対処など、他国では見られぬ設備が必要となる。
ゆえに、見慣れぬ構造のすべてを陰謀の証とみなすのは、建築に対する無知を晒すことにもなろう。
もっとも、当地の者がその誤解を積極的に解こうとしないことも、また事実である。
五、シルヴァーナ公国
シルヴァーナの建築は、海と風とを迎え入れることに、その特色がある。
温暖な南方の港湾都市には、明るい石材を用いた建物が立ち並び、赤い瓦屋根と青い彩釉瓦が、陽光の下に鮮やかな景観を形づくっている。
大きな窓、開放的な露台、風を通す吹き抜けなどが多く、屋内と屋外との境界は、北方の建築に比して緩やかである。
海に面した邸宅では、広い露台から港を見下ろす造りが好まれ、潮風を受けながら過ごすための空間が設けられている。
当地の建築には、造船技術の影響も色濃い。
船体の構造に用いられる技法を転用した湾曲する木造天井は、独特の美しさを持つと同時に、強風や地震に耐えるための工夫でもある。
また、潮流と気圧風を司る神の権能を応用した建築法によって、暴風や塩害の影響を軽減する技術が伝えられている。
なかでも大河口の海上総督府は、シルヴァーナの富と技術を象徴する建造物である。
白亜の石材と青い彩釉瓦によって飾られた壮麗な宮殿は、大港湾を見下ろす位置に築かれ、海から訪れる者に公国の威容を示している。
また、港湾には巨大な水門と船着き場が設けられ、貴族の居館から直接、外洋へ向かう船に乗り込むことのできる施設さえ存在する。
このような造りは、他国の貴族にはいささか奇異に映るかもしれぬ。
しかし、シルヴァーナにおいて海は、国境の外に広がる未知の領域であると同時に、富を運び、人を招き、諸国を結ぶ大いなる道でもある。
そのため、当地の建築家は、建物を外界から閉ざすことよりも、外界へと開くことを好む。
北方の城塞が外敵を拒むために壁を厚くするならば、南方の宮殿は客人を迎えるために門を広くするのである。
ただし、その門を通る者の荷と財貨については、当地の商人たちも決して無関心ではない。
かくして五公国の建築を見渡せば、そこには単なる気候や建材の相違を超えた、明らかな思想の違いが認められる。
ネルドリンゲンは堅牢を、アルテンブルクは永続を、レオポルドは威光を、モルダウは陰影を、シルヴァーナは開放を、それぞれの建造物に求めてきた。
しかし、いずれの公国においても、建築は神々の権能と無縁ではない。
地殻を司る神の下では石が堅牢さを増し、澄空の女神の下では書物を守る風が通い、陽光の神の下では光が宮殿を満たす。
神胤の諸侯が、自らの権威を建造物によって示さんとするのも、故なきことではなかろう。
もっとも、建造物が後世に伝えるのは、必ずしも築いた者の望んだ栄光ばかりではない。
かつて帝国の威容を誇った壮麗な都が、今や死都アクス・ムンディとして知られることを思えば、いかなる石壁も、いかなる宮殿も、その主の永遠を保証するものではないのである。




