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断章  作者: 星軌 あるか
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死都アクス・ムンディにおける異界重畳現象の観測記録

聖庁編纂・異界現象調査報告抄録

閲覧区分:聖庁内部資料


緒言


旧帝都アクス・ムンディは、大破滅以降、通常の物質界とは異なる空間的性質を示している。


当初、聖庁はこれを大規模な魔力汚染、あるいは異界への門が恒常的に開放された状態と推定していた。


しかし、その後の観測により、これらの解釈はいずれも不十分であることが判明した。


死都において生じているのは、物質界への異界の侵入ではない。


物質界と地獄の、空間そのものの重畳である。


この重畳は都市全域において均一ではなく、旧王城を中心として著しい勾配を示す。


中心部に近づくにつれ、物質界固有の法則は次第にその優位を失い、異界の法則がこれに取って代わる。


本記録では、この現象を便宜上「異界濃度」と呼称する。


なお、異界濃度とは、単なる魔力量の多寡を示すものではない。異界がその領域において、いかなる程度まで現実として成立しているかを表す概念である。


この区別は、死都に出現するフィーンドの存在形態を理解するうえで、極めて重要である。



第一観測域 外縁部


異界濃度:低


外縁部においては、物質界の諸法則が概ね維持されている。


建造物の崩壊、植生の衰退、局所的な魔力異常等は認められるものの、空間そのものの変質は限定的である。


この領域において観測されるフィーンドは、主としてアストラル体、すなわち精神的・霊的存在形態を取る。


アストラル体は、物質界に固有の肉体を有しない。


したがって、通常の刀剣、投射物、その他の物理的手段によって損傷を与えることはできない。


ただし、これは当該存在が無制限の干渉能力を持つことを意味しない。


実体を持たぬフィーンドは、物質界の物体に対して直接的な作用を及ぼすことが困難であり、その活動は主として知覚および精神への干渉に限られる。


確認されている現象には、実在しない人影の視認、音声の誤認、夢への侵入、持続的な恐怖感、ならびに観測者の記憶と一致しない情景の知覚が含まれる。


これらの現象は、通常の物質界における悪魔召喚事例とも共通する。


ただし、死都外縁部においては、明確な召喚儀式を伴わずに同種の現象が発生する点に留意しなければならない。


また、複数の観測者が同時に異なる事象を報告する例があり、視認されたフィーンドの姿形をもって、その存在を分類することは推奨されない。


本領域における最大の危険は、物理的損傷ではなく、観測者自身の知覚の信頼性が失われることにある。



第二観測域 周辺部および中間部


異界濃度:中


第二観測域においては、空間中のエーテルに顕著な異常が認められる。


異界由来の魔力が恒常的に滞留し、物質界のエーテル循環との間に、通常では観測されない干渉を生じている。


この領域に出現するフィーンドは、第一観測域とは異なり、明瞭な外形と一定の物理的実体を有する。


聖庁は、この存在形態をエーテル体と分類する。


エーテル体は、異界の存在が周囲のエーテルを寄り代として半物質化した状態と考えられる。


その形態は一定ではない。


人型に近いもの、獣に類するもの、既知の生物分類に属さぬものなど、多様な外形が確認されている。


重要なのは、これらのフィーンドが観測者を視認し、接触し、物理的な損傷を与える能力を持つことである。


また、通常の武器による攻撃が有効となる点も、第一観測域との重大な相違である。


しかし、ここでいう有効とは、必ずしも討滅を意味しない。


エーテル体に加えられた損傷は、周囲のエテルを取り込むことによって修復される。


四肢の欠損、胴体の切断、外形の完全な崩壊を生じた場合であっても、一定の条件下で再構成が確認されている。


この現象は、一般的な生物の再生能力とは明確に区別される。


エーテル体を維持する魔導的中核が残存する限り、外形の破壊は存在の消滅を意味しない。


したがって、通常の物理攻撃によって一時的に活動を停止させたとしても、当該個体を討滅したと判断してはならない。


観測上、再構成を阻止するためには、魔導的中核そのものの破壊が必要である。


なお、異界濃度が高い地点ほど、損傷後の再構成が容易になる傾向が認められる。


これは、エーテル体の維持が個体自身の能力のみならず、周辺空間の性質に依存していることを示唆する。


すなわち、第二観測域においてフィーンドと交戦する者は、個体のみを敵とするのではない。


その個体を成立させている空間そのものを、敵としているのである。



第三観測域 旧王城および中心部


異界濃度:極大/完全重畳推定域


第三観測域に関する直接的な観測資料は、著しく不足している。


当該領域では、物質界に固有の空間的連続性、および通常の魔力観測を成立させる諸条件が維持されていないと推定される。


外部から得られた断片的な観測結果は、旧王城を中心とする領域において、物質界と地獄との重畳が極限に達している可能性を示している。


仮にこの推定が正しいならば、第三観測域は、もはや地獄の影響を受けた物質界ではない。


そこは地獄そのものである。


この場合、当該領域に存在するフィーンドは、アストラル体やエーテル体を形成する必要がない。


物質界への顕現に伴う制約から解放され、異界における本来の肉体、すなわち真体をもって存在し得ると考えられる。


この存在形態を、便宜上「完全体」と分類する。


完全体は、周囲のエーテルを寄り代として構成された仮初めの肉体ではない。


その肉体は、当該領域において真正の物質的実在であり、存在を維持するために召喚者や契約者を必要としない。


また、精神への干渉についても、個体の能動的な行為によるものとは限らない。


フィーンドが真体をもって存在すること自体が、周囲の空間と観測者の精神に重大な変質をもたらす可能性がある。


このような領域においては、第一観測域で有効であった知覚の保全も、第二観測域で確認された物理的な交戦方法も、その有効性を保証できない。


さらに、第三観測域における時間、距離、方向その他の基本的な尺度についても、物質界と同様に取り扱える根拠は存在しない。


以上の推定が成立する場合、旧王城中心部への侵入は、通常の意味における危険地帯への進入とは区別されなければならない。


それは、物質界の存在が、物質界の法則によって保護されない領域へ踏み込むことを意味する。


本報告において、第三観測域を絶対死域と分類する。



総合所見


死都アクス・ムンディにおけるフィーンドの存在形態は、個体の種別や能力のみならず、周辺空間の異界濃度に強く依存している。


このため、外縁部で観測された個体の性質を、そのまま中心部に適用することはできない。


同様に、ある領域において有効であった対処法が、より内側の領域においても有効であるとは限らない。


第一観測域において、フィーンドは肉体を持たぬ。


第二観測域において、フィーンドは肉体を借りる。


第三観測域において、フィーンドは肉体を借りる必要がない。


この相違は、異界濃度の増大が単に魔力の強度を変化させるのではなく、存在そのものの成立条件を変質させることを示している。


なお、現時点において、第三観測域の完全重畳を直接的に実証する観測記録は得られていない。


これは、当該仮説を否定する根拠ではない。


ただし、仮説を確定事項として取り扱うこともまた、聖庁の観測原則に反する。


ゆえに、旧王城中心部の性質については、引き続き推定の域に留めるものとする。



付記


本報告における「観測不能」とは、対象が存在しないことを意味しない。


また、観測者の帰還を確認できないことをもって、対象領域における生命活動の完全な停止を証明することもできない。


ただし、第三観測域においては、観測者の生存、観測結果の保持、ならびに帰還という、通常の調査を成立させる諸条件のいずれも確認されていない。


以上の理由により、聖庁は当該領域への追加調査を推奨しない。


観測のために観測者を失うことは、観測の成功を意味しない。


――聖庁異界現象調査記録より抜粋

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