↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断章  作者: 星軌 あるか
18/19

ある従属学生の血統魔術観測手記(一)

某年某月某日 夜間巡回騒動の翌日


昨日、私は生涯忘れ得ぬ光景を目撃した。


ヴァルテンベルク侯爵家とヴェルディエ侯爵家。


神胤諸公国連合に名を馳せる二つの名門、その血統魔術が、同じ場所で、しかもほぼ連続して行使されたのである。


それも、演習場でもなければ、大学の公開講義でもない。


学生街の往来で、だ。


私は偶然その場に居合わせた。正確には、夕食を済ませて帰寮する途中、巡回中のヴァルテンベルク卿を見かけたため、少々遠回りをしていた。


誤解のないよう記しておくが、決して後をつけていたわけではない。進行方向がたまたま同じだったのである。


さて、観測記録に移ろう。


---


◇ 第一観測 ヴァルテンベルク侯爵家の光壁


夜の学生街に、突如として破裂音が響いた。


通りの先から大量の白煙が噴き出し、通行人が一斉に逃げ始めたのである。


そのとき、ヴァルテンベルク卿が行使したのが、光の幕を展開する魔術だった。


術名は聞き取れなかったが、以下、便宜上《光壁》と記す。


光幕は通りを横断する形で出現し、建物から建物へ、ほぼ隙間なく広がった。


私は当初、防御魔術の一種と考えた。


しかし、よく観察すると、あの光幕には奇妙な特徴があった。


物理的な障壁として機能していた形跡がないのである。


少なくとも、光幕に衝突して跳ね返された者はいなかった。人々はあまりの眩しさに足を止め、あるいは顔を背けて後退していた。


つまり、通行を阻んでいたのは壁そのものではなく、光だったのではないか。


これは重要な違いである。


石壁を築けば、群衆はそこへ殺到して押し潰される危険がある。しかし、眩しくて近寄れないだけなら、人々は自発的に進路を変える。


無論、私の推測にすぎない。


ただ、あの状況で即座にその魔術を選択したヴァルテンベルク卿の判断には、驚嘆せざるを得ない。


ヴァルテンベルク家の血統は陽光と熱の操作に優れることで知られる。


一般に陽光系魔術といえば、敵を焼き払う強烈な攻撃魔法が有名だ。


だが、今回のように、光そのものの性質を利用して群衆を制御することもできるらしい。


実に、興味深い。


なお、発動から展開完了までの時間は、私の体感では一呼吸にも満たなかった。


術式の構築過程は確認できず、詠唱らしきものも聞き取れなかった。


次の機会には、ぜひ正面から観測してみたい。


もっとも、あの眩しさを正面から浴びれば、しばらく何も見えなくなるだろう。


悩ましい問題である。



◇ 第二観測 ヴェルディエ侯爵家の《静陽檻》


こちらが本記録の主題である。


私は長らく、ヴェルディエ家の血統魔術に強い関心を抱いてきた。


同家の魔術は、陽光と熱を吸収するという、きわめて特異な性質を持つ。


ヴァルテンベルク家が陽光を集め、熱を与えるのに対し、ヴェルディエ家はそれを奪う。


両家の魔術を同時に観測できたことは、まさに僥倖と言うほかない。


しかも、ヴェルディエ卿が行使したのは、第五階梯の《静陽檻(サイレント・ソル)》だった。


術名は明瞭に聞き取れたため、ここに断定する。


まず、特筆すべきは、発動の瞬間、私には何も見えなかったことである。


光の幕も、魔法陣も、煙も、炎もない。


しかし、直後に異変が起きた。


逃げ惑っていた十数人の通行人が、まるで一斉に疲労したかのように、その足取りを鈍らせたのだ。


ある者は立ち止まり、ある者は肩を震わせ、またある者は自分の手を不思議そうに眺めていた。


私は、指先に寒気を覚えた。

夜風のせいではない。明らかに、周囲の空気が冷えていたのである。


ここからは推測となる。


《静陽檻》は、指定された領域から熱を継続的に吸収し、対象の運動能力を低下させる魔術ではないだろうか。


さらに、光の吸収を併用することで視界を制限することも可能と考えられる。


ただし、今回の観測では、周囲が完全な暗闇に包まれることはなかった。


ヴェルディエ卿が出力を調整したのか、あるいは熱の吸収を主目的とする運用だったのか。


この点は、今後の観測課題としたい。


そして、何より驚くべきは、その制御精度である。


十数人もの人間が同時に影響を受けながら、倒れ込んだ者は確認できなかった。


警備隊の誘導に従い、皆、自分の足で安全な場所へ移動していた。


すなわち、対象の行動を抑制するに十分な効果を発揮しつつ、避難行動そのものは妨げていない。


第五階梯の魔術を、あれほど穏当な形で使用できるとは。


通常、巡回中の学生に許される魔術行使は第四階梯までのはずだ。


しかし、私は確かにヴェルディエ卿が、同行していたフェロー・グラフェンベルクに許可を求める声を聞いた。


ここまで思い返して、私は思わず机を叩いてしまった。


何ということだ!

あの場には、グラフェンベルク伯爵家の血統魔術を継承する、史上最年少の研究員までいたのだ!


私はいったい、どれほど恵まれた場所に居合わせたのだろう。


残念ながら、グラフェンベルク卿自身の魔術行使は確認できなかった。


次こそは。



◇ 第三考察 陽光を与える者と奪う者


最後に、両家の血統魔術について一つ記しておきたい。


ヴァルテンベルク家は陽光を集める。


ヴェルディエ家は陽光を吸収する。


この二つの血統は、原理上、互いに干渉し得る関係にある。


例えば、ヴァルテンベルク家の攻撃魔術が発する膨大な光熱を、ヴェルディエ家の魔術が吸収した場合、何が起きるのだろうか。


単純に相殺されるのか。


それとも、両者の出力差によって、どちらか一方が圧倒されるのか。


あるいは、まったく別の現象が生じるのか。


これについては、信頼できる公開記録が乏しい。


両家の秘術が同時に行使される機会など、そうそう存在しないためである。


だが、私は昨日、ひとつの可能性に気づいた。あの二人は、どうやら非常に親しいらしい。


騒動が収まると、互いに短い言葉を交わしただけで、揃って白煙の中へ入っていった。長年の共同研究者にも似た、実に円滑な連携であった。


つまり、今後も両家の血統魔術が同時に行使される場面を観測できる可能性がある。


これは素晴らしい。


私は平民であり、血統魔術を行使することはできない。


それでも、観測し、記録し、考察することはできる。


この手記が、いつか血統魔術研究の一助となることを願ってやまない。


なお、昨日の騒動の原因は、どうやら飲食店での調理にあったらしい。

詳細は知らない。私にとって重要なのは、その騒動のおかげで第五階梯の血統魔術を観測できたという事実である。


不謹慎かもしれないが、願わくば、また同様の機会に恵まれたい。


もちろん、負傷者の出ない範囲で。



― 追記 ―


ヴァルテンベルク卿とヴェルディエ卿は、幼少の頃からの親友であるという。


ならば、血統魔術の相互干渉について、何らかの実験を行った経験もあるのではないか。


非常に気になる。


直接尋ねてみたい。


しかし、従属学生(サウザー)の私が侯爵家の嫡男二人に声をかけるなど、あまりに恐れ多い。


まずは、大学の公開演習に参加する予定がないか調べてみよう。


◎明日、掲示板を確認すること。


忘れないよう、ここに記す。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。