『創世秘録』第六篇 神々の沈黙
七柱の継座神が生まれ、世界に欠けていた言葉の働きは再び満たされた。
されど、創造神の憂いは消えなかった。
原初破絶の戦いによって傷ついた世界は修復されたが、マテリアル界ではなお、嵐が起こり、大地が揺れ、河川が氾濫した。
それらは世界の理に従って生じるものであったが、その理のもとで生きる人々は、時として抗う術もなく命を失った。
創造神は、愛し子たちの住まう世界を、より穏やかに保つことを望まれた。
かつて創造神は、二十四の原初言霊神に世界の理を委ねられた。しかし、自由なる意志を持つ神々は、創造神の望まぬ争いをも引き起こした。
そこで創造神は、継座神と同じく、自ら判断して務めを果たしながらも、与えられた目的に背くことのない神々を造ろうとされた。
創造神はまず、世界の根幹を支える神々を生み出された。
大地を成すもの、水の巡り、火の働き、風の流れ。形ある世界を成り立たせる諸々の理を司る彼らは、上位維持神と定められた。
次いで創造神は、陽光の巡り、大気の循環、河川の流れ、地熱の働き、季節を運ぶ風など、広大な領域の営みを治める中位維持神を造られた。
そして、一つの森を守るもの、一筋の泉を治めるもの、湖の水を清め、山の地脈を鎮めるものなど、土地ごとの営みを司る下位維持神を生み出し、地上の隅々へ遣わされた。
かくしてマテリアル界には、幾重もの守りが設けられた。
これらの神々は人界維持神と定められ、それぞれの務めに従い、世界の均衡を保つこととなった。
人界維持神たちは、創造神の命を待つことなく、世界に生じる変化を捉え、必要に応じて働いた。
雨は大地を潤すが、降り続けば洪水となる。火は命を温めるが、燃え広がれば森を焼き尽くす。一つの土地を守るために水を留めれば、別の土地が渇くこともあった。
神々は互いの働きを調整しながら、それぞれの領域を治めた。
上位維持神が司るものはあまりにも広大であり、個々の命へ目を向けることは稀であった。
一方、下位維持神は、己の治める土地に生きるものたちを絶えず見守っていた。
同じ森を幾度も巡り、泉に訪れる獣を知り、季節ごとに移り変わる草木の姿を覚えた。人が森を切り開けば、その営みに応じて木々の生育を整え、川の流れが変われば、新たな水路に合わせて土地を潤した。
そうして経験を重ねるうちに、神々の振る舞いにも違いが生まれた。
ある神は変化を好み、ある神は古くからの営みを守ろうとした。人の手が加わることを受け入れる神もあれば、それを容易には許さぬ神もあった。
それでも、彼らが己の務めを捨てることはなかった。
あるとき、長く雨の降らぬ土地があった。
川は細り、草木は枯れ、人々は水を求めて山へ分け入った。
その地を守る下位維持神は、泉の底に僅かな水脈が残されていることを知っていた。しかし、泉を満たすには足りず、山の水をすべて集めれば、ほかの命が失われるおそれがあった。
神は土地の営みを見渡し、人々のうち一人の者へ力を分け与えた。
その者は地中の水の巡りを感じ取り、枯れた泉とは別の場所に、新たな水脈を見いだした。
人々はそこに井戸を掘り、渇きをしのいだ。
神がその者を選んだのは、特別な愛情からではなかった。土地を守るために、人の手を借りることが最もよいと判断したのである。
こうして神々は、時に人へ力を分け与えながら、己の務めを果たした。
創造神は、人界維持神たちの働きを御覧になった。
神々はそれぞれの判断によって世界を守り、その務めに背くこともなかった。
創造神はこれをよしとされた。
しかし、なお一つ、守らねばならぬものがあった。
世界の礎たるブランクルーンである。
かつて創造神は、原初の神々を信じ、その在処を隠されなかった。されど七柱は、その信頼に背き、世界の理を改めるためにブランクルーンへ手を伸ばした。
創造神は、二度と何者にも世界の礎を侵させぬことを決められた。
そして、神々を御前へ集められた。
十七柱の原初言霊神、七柱の継座神、そして数多の人界維持神たち。
創造神は、彼らにそれぞれの務めを果たすよう命じられた。
それが、神々に与えられた最後の言葉となった。
創造神はブランクルーンを隠し、自らも神々の前から姿を消された。
創造神が去られた後も、世界の営みは変わらず続いた。
原初の神々は己の言葉を司り、継座神は受け継いだ権能を働かせ、人界維持神は地上の均衡を守った。
草木は芽吹き、獣は子を産み、人は学び、争い、愛し、老いて死んだ。
神々は創造神の帰還を待った。
しかし、創造神は戻られなかった。
問いを捧げても答えはなく、祈りを重ねても声は届かなかった。
原初の神々は、かつて創造神と語り合ったことを覚えていた。その御前で己の考えを述べ、時には異なる意見を申し立てたこともあった。
しかし今や、創造神がどこに在るのかさえ知ることができなかった。
創造神は、沈黙すら隠されたのである。




