『創世秘録』第五篇 継がれし七座
七柱の離反となった『原初破絶の戦い』が終わり、エーテル界には再び静寂が訪れた。
七柱の神々は地獄へ堕とされ、残る十七柱は創造神のもとへ帰った。しかし、神々の争いによって傷ついた世界は、容易には元の姿へ戻らなかった。
マテリアル界では山々が崩れ、海はなお荒れ、二つの界を隔てる境には幾筋もの亀裂が残されていた。
創造神は大地を鎮め、海を治め、境を繕われた。やがて世界は穏やかさを取り戻したが、なお修復されぬものがあった。
二十四の言葉のうち、七つが正と負に分かたれたままとなっていたのである。
地獄へ堕とされた七柱には負の権能が残され、その身から剥ぎ取られた正の権能は、創造神の御手に留められていた。
創造神は、それらを元の主へ返されなかった。
七柱を不完全なものとしたのは、ほかならぬ創造神自身であった。その裁きを覆すことは、もはや許されなかったのである。
されど、世界には七つの言葉の正しき働きが必要であった。
創造神は、残された権能に新たな主を与えることを決められた。
かつて創造神は、二十四の原初言霊神に自由なる意志を与えられた。
神々は己の務めを知りながら、その権能をいかに用いるかを自ら選ぶことができた。
創造神はその自由を尊び、彼らを信じて世界の理を委ねられた。
しかし、その信頼は七柱の反逆によって破られた。
神々は創造神の御業を愛するがゆえに、創造神の意に背いたのである。
創造神は、同じ過ちが繰り返されることを恐れられた。
ゆえに、新たに生み出す神々には、原初の神々と同じ自由を与えぬこととされた。
彼らは自ら考え、判断し、与えられた権能を自在に用いることができる。
しかし、己の務めを捨てることも、その務めに背く道を選ぶこともできない。
創造神は、七つの正の権能にその定めを刻み、新たな神々を造り始められた。
はじめに、『知』の正よりソフィエルが生まれた。
ソフィエルには、知を求める者を導き、得られた叡智を次なる者へ伝える働きが与えられた。
『繋』の正より生まれたハルモニアは、異なるものを結び、争うものの間に和をもたらした。その絆は互いを縛るものではなく、支え合うためのものであった。
『罰』の正より生まれたユスティティアは、公正なる裁きと秩序を司った。罪に応じた罰を与えるとともに、過ちを改める者には赦しをもたらした。
『形』の正より生まれたプラスティスは、創造と変容を司った。古きものに新たな形を与え、いまだ存在しないものを生み出す働きを授かった。
『望』の正より生まれたエルピスは、希望を司った。叶わぬ願いに苦しむ者にも、再び明日を望む力を与えた。
『刻』の正より生まれたカイロスは、時の恵みを司った。移ろう時のうちに成長と成熟をもたらし、訪れた機会を実りへと導いた。
そして、『狂』の正よりエネルゲイアが生まれた。その神には、命の内に眠る活力を呼び覚まし、困難に立ち向かう勇気と情熱をもたらす働きが与えられた。
こうして七つの正の権能は新たな主を得た。
創造神は彼らを、かつて原初の七柱が座していた場所へ迎え入れられた。
七柱の神々は、継座神と名づけられた。
継座神たちは、創造神より授かった務めを果たし始めた。
彼らは命じられるまでもなく、世界に生じる変化を見いだし、必要な働きを自ら判断した。
ソフィエルは知を求める者を導き、ハルモニアは争いを鎮めた。ユスティティアは罪を裁き、プラスティスは新たな形を生み出した。
その働きは、原初の神々にも劣らぬほど精緻であった。
しかし、彼らは己の務めを疑わなかった。
ソフィエルが知を独占しようとすることも、ハルモニアが愛する者を繋ぎ留めようとすることもなかった。
ユスティティアは罰することに喜びを見いださず、エルピスは人の願いを欺かなかった。
彼らは己の権能をよく理解し、その働きを正しく果たした。
されど、正しき働きしか知らぬ者に、言葉のすべてを知ることはできなかった。
かつての原初言霊神は、知が叡智にも傲慢にもなり得ることを、己の内に知っていた。
愛が絆となり、また束縛ともなることを知っていた。
裁きが秩序を守り、同時に残酷なものともなり得ることを知っていた。
継座神は、それらの負の働きを知識として理解することはできても、己のものとして持つことはなかった。
創造神は、彼らが決して原初の七柱と同じ存在にはならぬことを承知しておられた。
それこそが、新たな神々に与えられた定めであった。
残る十七柱の原初言霊神は、継座神たちを迎え入れた。
新たな七柱は、かつての同胞が司っていた言葉を受け継ぎ、世界に欠けた働きを補っていた。
しかし、その姿も声も、地獄へ堕ちた七柱とは異なっていた。
十七柱は、継座神たちの働きを見守った。
彼らは正しく務めを果たし、創造神の定めた理に背くこともなかった。
それでも、かつての同胞と同じように語り合うことはできなかった。
原初の神々には、己の言葉をいかに用いるかを選ぶ自由があった。ゆえに、同じものを見ても異なる考えを抱き、時には争い、時には互いの言葉によって考えを改めた。
継座神たちにも異なる考えはあったが、己の務めを否定する答えへ至ることはなかった。
十七柱はその違いを知りながら、新たな七柱を同胞として迎えた。
創造神は、残る十七柱から自由を奪われなかった。
彼らはなお、正と負を備えた完全なる原初言霊神であり続けた。
地獄へ堕ちた七柱にも、新たな神々の誕生は知られた。
アスタロスは、己から奪われた叡智がソフィエルに与えられたことを知った。
かつて己のものであった権能を、今や別の神が振るっている。
しかし、アスタはそれを取り戻すことができなかった。
ヴェノムはハルモニアの結ぶ絆を見つめ、ネメシスはユスティティアの下す裁きを知った。
そのいずれも、かつて彼ら自身が成し得た働きであった。
されど、正と負が再び相まみえたとしても、失われた原初の七柱が戻ることはなかった。
分かたれた権能は、それぞれ異なる神の内に宿っていた。
一つの言葉から生まれた二柱は、もはや一つの存在ではなかったのである。
かくして、二十四の言葉を司る神々は、三十一柱となった。
正と負を備えた十七柱の原初言霊神。
負のみを残され、地獄へ堕とされた七柱。
そして、正のみを受け継いだ七柱の継座神。
二十四の言葉は、なお世界の礎として働いていた。しかし、その言葉を司る神々は、もはや等しきものではなかった。
創造神は、継座神たちの働きを御覧になった。
新たな七柱はよく務めを果たし、世界には再び秩序が満ちていた。
されど、創造神の憂いは消えなかった。
原初の神々が争ったとき、その災厄は境を越え、愛し子たちの住まうマテリアル界にまで及んだ。
神々の争いが終わった今も、人の世には嵐が起こり、大地は揺れ、川は溢れた。
それらは神々の反逆によるものではなく、世界が営みを続ける限り、避けることのできぬ変化であった。
創造神は、愛し子たちの暮らす世界を、より穏やかに保つことを望まれた。
そのためには、神々の意志に頼ることなく、世界の営みそのものを見守り、整える者たちが必要であった。
創造神は、再び新たな神々を造ろうとされた。




