↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断章  作者: 星軌 あるか
14/19

『創世秘録』第三篇 七つの歪言

創造神が人の世を造られてより、原初の神々は、境の向こうに生きる者たちを見守っていた。


人は弱く、愚かで、過ちを繰り返した。


しかし、その弱さゆえに互いを求め、知らぬことを学び、幾度も失敗しながら新たなものを生み出した。


創造神は、その営みを慈しまれた。


原初の神々もまた、創造神の造られた世界を愛していた。


されど、愛するものが同じであっても、その愛し方まで同じとは限らなかった。


やがて七柱の神々が、創造神の御業に疑いを抱くようになった。


『繋』を司るボンドは、人々が互いに寄せる愛情を見ていた。


親は子を慈しみ、友は友を助け、恋人たちは永遠を誓った。


ボンドはその絆を喜び、さらに強く結びつけようとした。


しかし、人は愛する者のために神への祈りを忘れ、時には神の定めに背くことさえあった。


ボンドには、それが理解できなかった。


あらゆる絆の始まりは神々にあり、その神々を生み出したのは創造神である。ならば、すべての愛は創造神へと帰るべきではないか。


人々の愛が深まるほど、ボンドはその結び目を固くした。


離れようとする者を繋ぎ留め、別の者へ向けられた心を引き戻そうとした。


愛する者を失わせぬために。


愛する者が、ほかの誰かを選ばぬために。


『罰』を司るジャッジは、人の罪を数えていた。


人は嘘をつき、奪い、裏切り、己の過ちを他者のせいにした。


罰を受けて悔いる者もあったが、同じ罪を重ねる者も少なくなかった。


ジャッジは創造神に厳正な裁きを求めた。


しかし創造神は、人が過ちを改めるための時を与えられた。


その寛容さを、ジャッジは初め、慈悲として受け入れた。


だが、赦された者が再び罪を犯し、罪なき者がそのために苦しむのを見て、やがて疑念を抱いた。


罪を赦すことは、次なる罪を許すことではないのか。


悪しき者を生かすために、善き者が傷ついてよいはずがない。


ジャッジは、罪を犯す前に罪を見いだし、悔いる前に罰を与えようとした。


その裁きに、もはや猶予はなかった。


『形』を司るフォルムは、人の造るものを見ていた。


人は石を積み、木を削り、土を焼いた。


与えられた材料から道具を造り、住まいを築き、やがて神々の誰も定めなかった形を生み出した。


その多くは不格好で、脆く、わずかな時を経て崩れ去った。


それでも人は、崩れたものを造り直した。


以前とは違う形に。


時には、より美しく。


フォルムは、己の造形に欠けたところがあるとは思わなかった。


完全な形を知る神にとって、人の造るものは、いずれも不完全であった。


それなのに創造神は、人が新たな形を生み出すたび、これを喜ばれた。


フォルムは、やがて人の造るものを正し始めた。


曲がったものを真っ直ぐに。


揺らぐものを動かぬように。


そして、一度完成したものが二度と損なわれぬように。


人がそれを壊して造り直そうとするとき、フォルムは深く嘆いた。


『望』を司るホープは、人々の願いを聞いていた。


飢える者は食を望み、病める者は癒やしを望み、貧しき者は富を望んだ。


願いは人を立ち上がらせ、明日へ向かわせた。


しかし、満たされた願いは、しばしば新たな願いを生んだ。


富を得た者はさらなる富を求め、力を得た者は他者を従わせようとした。


一つの願いが叶うために、別の者の願いが踏みにじられることもあった。


ホープは、人が望みを抱くことを止められなかった。


それは己の司る言葉であったからである。


されど、望むがゆえに苦しむ人々を、もはや見ていられなかった。


ならば、叶わぬ願いなど抱かせなければよい。


人が現実に絶望するのなら、現実よりも美しい夢を与えればよい。


ホープは、人々の願いを叶える代わりに、願いが叶った夢を見せるようになった。


『刻』を司るクロノスは、人の生涯を見つめていた。


人は生まれ、育ち、老い、死んだ。


その命は神々の永遠に比べれば、瞬きにも満たぬものであった。


しかし、人は限りある時の中で何かを成し遂げようとした。


過ぎ去る日を惜しみ、失われたものを嘆き、二度と訪れぬ時を懐かしんだ。


クロノスは、彼らの生を美しいと思った。


己はあらゆる時を司りながら、時に追われることがなかった。


人の一生を知ることはできても、その一生を生きることはできなかった。


クロノスは初めて、己に与えられていないものを望んだ。


老いること。


失うこと。


そして、過ぎ去った時を取り戻せぬと知ること。


やがてクロノスは、人に与えられた時を己のものとしようとした。


そのために人の命が尽きようとも、彼はただ、奪った時の重みを知りたかった。


『狂』を司るフューリーは、マテリアル界の限りを嫌った。


あらゆるものに容量があり、いかなる力も、その器の耐え得るところを超えて留まることはできない。


それは創造神が定められた、破ることのできぬ理であった。


フューリーは、限りある力が極限まで高まるさまを好んだ。


弱き者が窮地に立ち、持てる力のすべてを振り絞るとき、そこには神々の永遠にもない激しさがあった。


しかし、どれほど力を高めても、器の限りは変わらなかった。


フューリーは、その先を見たがった。


限りを超える力を与えられたなら、人は何になるのか。


肉体が砕けるのか。


あるいは、神々さえ知らぬ新たな存在へ至るのか。


その答えを得るためなら、幾千の器が砕けようとも惜しくはなかった。


そして、『知』を司るソフィアは、これらすべてを見ていた。


ソフィアは神々のうちでも、とりわけ深く世界の理を理解していた。


創造神が人に肉体を与えた理由も、その殻が弱き命を守る仕組みも、知らぬところではなかった。


しかし、ソフィアは一つの疑問を抱いた。


人が成長することを望みながら、なぜ創造神は、その成長に限りを設けられたのか。


人は過ちから学び、困難によって強くなる。


ならば、より大いなる困難を与えれば、より大いなる成長を遂げるはずではないか。


肉体という檻は、人を守る。


しかし、守られ続ける者が、いつまでも守りを必要とするとは限らない。


ソフィアは、人に与えられた安寧を疑った。


苦しみを遠ざけることが慈悲ならば、苦しみに耐え得る力を与えることは、さらに大いなる慈悲ではないのか。


人が神々を超えるほどの知恵を得たとき、創造神はそれを喜ばれるのではないか。


ソフィアは、創造神の御業を否定したかったのではなかった。


むしろ、その御業を完成させようとしたのである。


だが、そのためには、創造神が定められた理そのものを改めねばならなかった。


ソフィアは、六柱の神々のもとを訪れた。


彼らの疑念はそれぞれ異なり、望むものも同じではなかった。


ボンドは、失われゆく愛を繋ぎ留めようとしていた。


ジャッジは、罪なき者を守るために、すべての罪を裁こうとしていた。


フォルムは、不完全な造形を正そうとしていた。


ホープは、願いによって傷つく人々を救おうとしていた。


クロノスは、有限の命に宿る美しさを求めていた。


フューリーは、創造神が定められた限りの先を見ようとしていた。


ソフィアは彼らの言葉を聞いた。


そして、六柱がいずれも創造神の御業を愛しながら、その御業に満足していないことを知った。


ソフィアは言った。


「我らは、創造神の言葉より生まれた。されど、言葉を繰り返すためだけに生まれたのではない」


六柱は耳を傾けた。


「創造神は我らに意志を与えられた。己が何を成すべきか、選ぶことを許されたのだ」


ソフィアは、境の向こうにある人の世を示した。


「ならば、我らもまた選ぼう。創造神の御業を、いかなるものとするべきかを」


七柱は、創造神の造られた世界を改め、創造神の御業を己の望む姿へ導こうとしていた。


彼らは、自らの望みが創造神の望みと異なることを知っていた。


それでも、己の言葉を捨てることはなかった。


かくして七柱は、創造神の御前へ赴くことを決めた。


後の世に、七つの歪言と呼ばれる神々である。


このとき、彼らはまだ堕天していなかった。


七柱はいずれも正と負を備えた、完全なる原初言霊神であった。


そして彼らは、己が正しいと信じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。