『創世秘録』第二篇 愛し子の檻
二十四の言葉が生まれ、原初の神々が世界の理を定めた後、創造神は新たな命を造ろうとされた。
神々は生まれながらに己の権能を知り、その働きを完全に果たすことができた。
創造神が次に望まれたのは、そうした完全な存在ではなかった。
生まれたときには何も知らず、やがて学び、変わり、己の意志によって成長するもの。
創造神は、草木を、獣を、そして人を造られた。
しかし、彼らはあまりにも弱かった。
エーテル界には、神々の権能を成す膨大な力が満ちている。神々にとっては何ら害のないその力も、生まれたばかりの命には耐え難いものであった。
命は形を結ぶそばから崩れ、エーテルの奔流に呑まれて消えた。
創造神は幾度も命を造られたが、そのいずれも長くは留まらなかった。
そこで創造神は、エーテルの界から隔てられた、もう一つの世界を造られた。
これをマテリアル界という。
その世界には、形あるものだけが従う理が定められた。
ものには重さがあり、隔たりがあり、定められた限りがあった。いかなる器も、その容量を超える力を蓄えることはできず、限りを超えようとすれば、器そのものが損なわれた。
創造神は、弱き命に肉体を与えられた。
肉体は、エーテルの奔流から命を隔てる殻であった。
その内に宿る力は制限されたが、代わりに、命は己の形を保つことができた。
草木は根を張り、獣は地を駆け、人は自らの足で歩き始めた。
彼らは飢え、傷つき、老いて、やがて死んだ。
しかし、生きているあいだに新たなものを知り、昨日にはできなかったことを、明日には成し遂げることがあった。
創造神は、その歩みを喜ばれた。
かくして、創造神の愛し子たちは、肉体という殻の内に守られることとなった。
されど、肉体の理は、弱き命だけに働くものではなかった。
マテリアル界において、神々もまた、その理に従わねばならなかったのである。
原初の神々は、エーテル界では己の権能を自在に振るうことができた。
しかし、物質界に降り立つには、その大いなる力のほとんどを捨て置かねばならなかった。
神々の全き力を受け入れられる肉体など、そこには存在しなかったからである。
神々は人の営みを見守ることはできた。
けれど、己の望むままに手を差し伸べることは、もはやできなかった。
創造神は、愛し子を守るために境を設けられた。
その境は、愛し子を守ると同時に、神々を遠ざけた。
かつて創造神とともに世界の理を織り上げた原初の神々は、いまや、創造神が最も慈しむものにさえ、自由に触れることができなかった。
それでも創造神は、境を取り払われなかった。
創造神が愛し子に与えた肉体を、後に神々はこう呼んだという。
愛ゆえの檻、と。




