神聖術の源泉に関する十七の論題
――レガリア大学大掲示板に掲出された公開討論の告知文
掲出者:マティアス・ヘルツ
神聖魔術の存在は疑い得ない。
奉献聖別の儀式が成立することも、これによって術者が神聖魔術を行使し得るようになることも、繰り返し確認されている事実である。
また、万物が創造神によって造られたとする聖庁の教えについて、私はこれを否定するものではない。
ただし、ある事実が確かであることと、その事実について与えられた説明が正しいこととは、必ずしも同じではない。
私はここに、神聖魔術の源泉について十七の論題を掲げ、諸賢の教示を請う。
本論題は教義への異議申し立てを目的とするものではなく、その理解を深めるための公開討論を求めるものである。
第一の論題
万物が創造神によって造られたとするならば、祖神を含む諸神もまた、その被造物であると考えられる。
このことについて、私は異論を持たない。
第二の論題
しかし、創造神が万物の根源であることと、個々の魔術が創造神より直接与えられたものであることとは、同じ命題ではない。
第三の論題
祖神の権能を受け継ぐ者が血統魔法を行使することは、広く知られた事実である。
したがって、魔術が現に行使されるという事実のみをもって、その源泉が創造神であると断ずることはできない。
第四の論題
聖庁は、奉献聖別によって得られる権能を、唯一神に由来するものと説く。
この教えはいかなる根拠によって確立されたのか。
第五の論題
奉献聖別の成立は、術者のエーテル体に変化が生じたことを示す。
しかし、その変化を生じさせた力の源泉についても、同時に証明されるのであろうか。
第六の論題
ある術式が一定の条件によって必ず成立するとしても、その成立の仕組みについて伝えられた説明が、必ずしも正しいとは限らない。
これは神聖魔術に限らず、あらゆる術式の研究において留意すべきことである。
第七の論題
聖庁の聖典には、唯一神が人に権能を授けたと記されている。
では、その記述の正しさは何によって保証されるのか。
第八の論題
聖典が真実である根拠を神聖魔術の存在に求め、神聖魔術が唯一神に由来する根拠を聖典に求めるならば、両者は互いを証明することになる。
その場合、いずれか一方を独立に確かめる方法は存在するのだろうか。
第九の論題
創造神に直接まみえ、その言葉を聞いたとする者の証言について、第三者がその真偽を検証し得た例を、私は知らない。
もしそのような記録が存在するならば、ぜひとも閲覧の機会を賜りたい。
第十の論題
仮に、聖庁の儀式によって行使される力が、創造神以外の何らかの存在、あるいは未解明の法則に由来していたとしても、儀式の成立そのものは否定されないのではないか。
第十一の論題
右の仮定は、そのような存在や法則が実在すると主張するものではない。
ただし、これを否定するためには、何を示せばよいのだろうか。
第十二の論題
神聖魔術の源泉が創造神であると証明するためには、少なくとも、他のいかなる存在も同じ現象を生じさせ得ないことを明らかにする必要があるのではないか。
第十三の論題
信仰によって真実と認めることと、観測や論証によって真実と確かめることとは、その方法を異にする。
前者を軽んじるべきではない。
しかし、両者を混同すべきでもない。
第十四の論題
聖庁が唯一神を創造神と信ずることには、神学上の根拠があるはずである。
私は、その根拠を学びたいと望んでいる。
第十五の論題
もし神聖魔術の源泉について、信仰以外の方法による証明が存在しないのであれば、そのことを明らかにするのもまた、学問の務めではないだろうか。
第十六の論題
ある問いに対する答えが、いまだ人の知の及ばぬところにあるとしても、その問いを発すること自体が誤りであるとは限らない。
第十七の論題
ゆえに私は、次の一事について教えを請いたい。
我々はいかなる根拠によって、聖庁の神聖魔術が、ほかならぬ創造神に由来すると知り得るのであろうか。
以上。
本論題について異論、反証、あるいは関連する史料を有する者は、公開討論においてこれを提示されたい。
私は、正しい答えを得るためであれば、いかなる訂正を受け入れることも惜しまない。
─────
付記
*後世の史料編纂者による
本論題は、レガリア大学の大掲示板に掲出された翌日、何者かによって撤去された。
しかし、掲出から撤去までの間に複数の写しが作成され、学内の神学者、魔術研究者及び聖職者の間で広く読まれることとなった。
大学当局は当初、これを通常の学術討論に属するものと判断したが、聖庁審理庁は、第八、第十及び第十七の論題が神聖魔術の神的起源に疑義を呈するものとして、掲出者の召喚を命じた。
マティアス・ヘルツは審理において、唯一神の存在も、創造神としての権能も否定していないと繰り返し述べた。
また、問題とされた論題については、いずれも自らの主張ではなく、教示を求めるための問いであると説明した。
審理庁は、これらの論題が信徒の間に重大な疑念を生じさせたことを指摘し、その撤回を求めた。
これに対し、ヘルツは、審理記録によれば次のように答えている。
「私が誤った答えを述べたのであれば、喜んで撤回いたします。しかし私は、まだ答えを存じません。何を撤回すればよいのでしょうか」
その後の審理に関する記録は、一部を除いて現存しない。
ヘルツはその後、レガリア大学に戻ることはなかった。
しかし、召喚から二年後、聖都レムリアにおいて彼と再会したとする、かつての同窓生の証言が残されている。
証言によれば、ヘルツはその人物を覚えており、穏やかに挨拶を交わしたという。
ただし、かつての論題について尋ねられた際には、不思議そうな顔をして、次のように答えたとされる。
「何を疑う必要があるのですか」
その後のヘルツの消息については、確かな記録が残されていない。
公開討論が行われたという記録もない。
なお、本論題の第九条において閲覧を求められた史料について、聖庁から回答が与えられたことを示す記録も、現在まで確認されていない。




