第九話 昨日はいなかった人
「ここだった」
レオンは空き地を見つめていた。
「絶対ここだった」
雑草。
古い切り株。
崩れかけた石垣。
人が住んでいた形跡などない。
「間違えたんじゃない?」
ミレイアが言う。
「間違えてない」
「夜だったのよ」
「話までしたんだぞ」
「それは否定してない」
「じゃあ人はいた」
エルナがしゃがんだ。
土に触れる。
「最近建物を壊した跡ではありませんね」
「どのくらい?」
「少なくとも数年」
ノアが青ざめる。
「じゃあ昨日の人、幽霊?」
「やめろ」
「だって」
「幽霊なら能力表示なんて見えるか?」
「幽霊に会ったことないから分かんない」
「俺もない」
「二人とも静かに」
ガルドが空き地を見回す。
「誰かが意図的に痕跡を消した可能性は」
「一晩で?」
シオンがしゃがむ。
指で地面をなぞる。
「妙だ」
「何が?」
「足跡がない」
「俺たちの?」
「それはある」
シオンが土を指差す。
六人の足跡。
「だが、昨日以前の人間の足跡がほとんどない」
「つまり?」
「誰もここへ来ていない」
レオンは昨夜を思い出す。
確かに会った。
声も聞いた。
名前も聞いた。
ハインツ。
職業に嫌われた子供たち。
教会に連れていかれた。
帰ってきた時には別人。
「村長にもう一回聞く」
「意味ないと思う」
「でも」
「レオン」
ミレイアが腕を掴んだ。
「もし本当に誰かが消したなら」
「うん」
「その誰かは、私たちが調べていることも知ってる可能性がある」
レオンは彼女を見る。
冷静な判断。
正しい。
でも以前なら。
こんな状況で、ミレイアはもう少し怖がっていた気がする。
「……何?」
「いや」
「またそれ?」
レオンは視線を逸らした。
「とにかく村を出よう」
ガルドが言った。
「同意する」
珍しくシオンも即答した。
六人は荷物をまとめることにした。
村長は申し訳なさそうに見送った。
「何のお構いもできず」
「十分です」
レオンは笑った。
だが村を出る直前。
教会の前で足が止まった。
小さな石造りの教会。
昨夜、鐘が鳴った場所。
エルナも見ている。
「気になる?」
「非常に」
「入る?」
「僧侶が教会へ入るのに許可が必要ですか?」
「お前の場合だけは必要な気がする」
六人は中へ入った。
簡素な礼拝堂。
中央に神像。
村の司祭らしい中年の男がいた。
「勇者様」
頭を下げる。
「何か御用でしょうか」
「昨日の夜」
レオンは司祭を見る。
「鐘を鳴らしました?」
「昨日?」
「はい」
「鳴らしていませんが」
「でも聞きました」
「夜間に鐘を鳴らすことは禁止されています」
「じゃあ誰が?」
司祭は困った顔をする。
「風では?」
「あんな大きな鐘が?」
「時折あります」
エルナが鐘楼を見上げる。
「この鐘、自動で鳴る仕組みは?」
司祭の表情が一瞬固まった。
「ありません」
エルナはそれを見逃さなかった。
「そうですか」
司祭が微笑む。
「神の御心によるものかもしれません」
エルナも微笑んだ。
「便利ですね、その言葉」
レオンは聞き覚えがあった。
自分も勇者選定の日に言った気がする。
「失礼します」
教会を出る。
村を離れる。
一時間ほど歩いてから、エルナが言った。
「あの司祭、嘘をつきました」
「やっぱり?」
「鐘の話をした時、左手の指が動いた」
「それで分かるの?」
「人は隠し事をすると無意識に癖が出ます」
シオンが頷く。
「俺もそう見た」
「お前はいつ見てたんだ」
「ずっと」
「怖いな忍者」
ポキッ。
「台無しだけど」
「殺すぞ」
昼過ぎ。
街道沿いの休憩所で食事を取る。
パンと干し肉。
ノアが黙っている。
「どうした?」
レオンが訊く。
「昨日のこと考えてた」
「ハインツさん?」
「うん」
「怖い?」
「ちょっと」
ノアはパンを千切る。
「だってさ」
「うん」
「人って、いなくなったら終わりじゃないんだね」
「どういう意味?」
「死んだら、みんな覚えてるでしょ」
レオンは黙る。
「でもハインツさんは、最初からいなかったことになってる」
ノアが顔を上げる。
「そっちの方が怖い」
誰も言葉を返せなかった。
その日の夕方。
道沿いで小型魔物の群れと遭遇した。
角狼。
五匹。
「戦う?」
ミレイアが杖を構える。
レオンは迷った。
倒せる。
今の自分たちなら。
そして倒せば経験値が入る。
レベルが上がる。
適合率も。
「待って」
ノアが前へ出る。
「危ないぞ」
「この子たち、お腹空いてるだけ」
「分かるの?」
「うん」
角狼は唸っている。
「昔なら絶対逃げられたけど」
ノアが袋から干し肉を出す。
「今なら……」
一歩。
狼たちが警戒する。
もう一歩。
その時。
能力表示が光る。
《魔物使い適合率――11%》
角狼の唸り声が弱くなった。
ノアは嬉しそうに笑った。
だが。
次に口にした言葉を聞いて、レオンの背筋が冷えた。
「使えそう」
「……え?」
「五匹とも、ちゃんと訓練すれば戦力になる」
ノアが角狼を見る。
まるで。
道具を見るように。
「ノア」
「何?」
「今、何て言った?」
「戦力になるって」
「お前、魔物のことそういう言い方したっけ」
「何が悪いの?」
「悪いっていうか……」
ノアが首を傾げる。
数秒。
その表情が変わった。
「……私、今」
「うん」
「何て言った?」
ノア自身が青ざめた。
「嫌」
干し肉を落とす。
「私、そんなこと思ってない」
「ノア」
「この子たちは道具じゃない」
角狼たちが驚いて離れる。
「私……」
震え始める。
エルナが抱きしめた。
「大丈夫」
「でも」
「今は覚えている」
「何を?」
「あなたが魔物を好きだということを」
ノアの目から涙が落ちた。
レオンは能力表示を開く。
《職業適合率――13%》
一%上がっていた。
気づかなかった。
いつ上がった?
昨日か。
今日か。
それとも。
ハインツが言っていた。
人間じゃなくなる。
アルベルトが言っていた。
まだ、お前が残っている。
レオンは拳を握る。
「みんな」
五人が見る。
「次の町に着いたら」
一度言葉を切る。
「レベルアップについて、ちゃんと調べよう」
誰も反対しなかった。




