第十話 レベルを上げない勇者たち
次の町、エスタへ到着した時。
六人が真っ先に向かったのは冒険者ギルドでも宿でもなかった。
図書館だった。
「勇者パーティーが最初に図書館?」
受付の女性が不思議そうな顔をする。
「魔王討伐に必要な資料を」
レオンはもっともらしく答えた。
「どのような?」
「レベルと職業適合率について」
受付の女性の表情が。
一瞬だけ止まった。
「職業……適合率?」
「はい」
「そのような言葉は存じません」
レオンたちは顔を見合わせた。
「でも能力表示に出ます」
「私には出ていません」
女性が自分の表示を開く。
確かに。
名前。
レベル。
職業。
能力値。
それだけ。
「適合率がない?」
ミレイアが呟く。
「一般的な能力表示には存在しない項目なのかも」
図書館を調べた。
二時間。
三時間。
レベルについて書かれた本は山ほどある。
《レベルとは人間が成長するために神から授けられた祝福である》
《高レベルになるほど天職との一体化が進み、優れた能力を得る》
《職業への完全なる適合は人間にとって最大の幸福である》
「これ」
エルナが一冊の本を置いた。
レオンが読む。
「完全なる適合……」
「百%のことかもしれません」
「アルベルトさんだ」
ページをめくる。
だが。
適合率という具体的な数値については書かれていない。
「おかしい」
ミレイアが言った。
「何が?」
「ここまで職業との適合について書いてあるのに、数値の説明が一つもない」
「隠してる?」
「可能性はある」
ガルドが別の本を置く。
「これも見ろ」
古い歴史書。
《大災厄以前、各地に職能拒絶者と呼ばれる者が存在した》
「職能拒絶者?」
レオンが読む。
《天職から与えられる恩恵を十分に受けられない者》
「俺たちじゃないか」
ノアが言う。
次の行。
《彼らは適切な矯正を施すことで社会復帰が可能であった》
全員が黙る。
「矯正」
レオンが呟く。
ハインツと同じ言葉。
「続きは?」
ページをめくる。
ない。
破られていた。
「偶然?」
「どう思う?」
シオンが別の本を取る。
「こちらも同じ箇所が破られている」
さらに二冊。
三冊。
すべて。
職能拒絶者について書かれた部分だけが欠落していた。
誰かが消している。
情報を。
昔から。
「ハインツさんだけじゃない」
レオンが言った。
「何?」
「消されてるのは人だけじゃない」
本を見る。
「記録もだ」
夕方。
六人は町外れの宿へ戻った。
食堂の一角。
誰もすぐには話さなかった。
やがてガルドが口を開く。
「仮定しよう」
「うん」
「レベルアップによって適合率が上昇する」
「たぶん」
「適合率が上がることで能力は向上する」
「実際そうなってる」
「その代わり、人格に変化が生じる」
ガルド自身が言う。
レオンは少し驚いた。
「認めるのか?」
「昨日の俺は、ノアの発言を聞いて違和感を覚えた」
「うん」
「その瞬間、自分の言動を思い返した」
一度目を伏せる。
「俺も同じだったのかもしれない」
「ガルド」
「正直、よく分からない」
「何が?」
「少女を見捨てようとした時、俺は本気で正しいと思っていた」
拳を握る。
「今でも、理屈としては間違っていないと思う」
「……うん」
「だが」
ガルドがレオンを見る。
「以前の俺なら、理屈より先に身体が動いた」
静かになる。
ミレイアも口を開く。
「私も」
珍しく弱い声だった。
「最近、呪文が噛まなくなって嬉しかった」
「当然だろ」
「でも同時に」
指先でカップを触る。
「噛んでいた頃の自分を、馬鹿みたいだと思うようになった」
レオンは黙って聞く。
「昨日までの自分なのに」
「ミレイア……」
「私、魔法が好きだったの」
「知ってる」
「失敗しても、噛んでも、どうしてこの言葉で魔法が出るんだろうって考えるのが好きだった」
彼女は俯いた。
「今は、そんなこと考える必要がない気がする」
「どうして?」
「正しい呪文を唱えれば発動するから」
沈黙。
「それが怖い」
初めて。
ミレイアがそう言った。
シオンが腕を組む。
「俺はまだ特に変化を感じない」
ポキッ。
皆が見る。
「むしろ適合している気配すらない」
「そこだけ安心する」
「殴るぞ」
エルナが笑う。
だがすぐ真顔に戻った。
「私たちには、一つ確認しなければならないことがあります」
「何?」
「レベルを上げずに魔王のところまで行けると思いますか?」
誰もすぐには答えなかった。
無理だ。
常識的に考えれば。
今のレベルは三前後。
魔王軍の幹部どころか、大型魔物にも勝てない。
「無理じゃない?」
ノアが正直に言った。
「俺もそう思う」
レオンも答えた。
「ならどうする」
ガルド。
「レベルを上げる?」
ミレイア。
「そのうち私たちは私たちじゃなくなるかもしれない」
誰も答えられない。
レオンは窓の外を見た。
町の向こう。
さらに北。
その先に魔王がいる。
世界を救えと言われた。
勇者なのだから。
強くなれと言われた。
勇者なのだから。
魔王を倒せと言われた。
勇者なのだから。
「……何か変じゃない?」
レオンが言った。
「何が?」
「俺たち、ずっと言われた通りにしてる」
五人が見る。
「勇者だから魔王を倒す」
「そうね」
「戦士だから戦う」
ガルドを見る。
「魔法使いだから呪文を覚える」
ミレイア。
「僧侶だから神を信じる」
エルナが鼻で笑った。
「それは失敗していますね」
「お前は最初から反抗してるな」
「誇りです」
「褒めてない」
少し笑いが起きる。
レオンは続ける。
「でもさ」
自分の手を見る。
「誰が決めたんだ?」
「何を?」
「勇者は強くなきゃいけないって」
誰も答えない。
「俺は剣も弱い。魔法も使えない。勇気しかない」
「知ってる」
ミレイアが言う。
「そこ即答する?」
「事実だもの」
「傷つくなあ」
「でも」
ミレイアが少し笑う。
「ゴブリンの時、最初に前へ出たのはあなただった」
レオンは黙る。
「怖そうだったけど」
「そこは言わなくていい」
「足、震えてた」
「見てたの?」
「全員見てた」
ノアも笑う。
「ちょっと泣きそうだった」
「そこまで!?」
エルナまで微笑む。
「勇者らしくはありませんでしたね」
「もういいよ!」
「でも」
エルナの表情が優しくなる。
「あなたらしかった」
レオンは言葉を失った。
あなたらしかった。
アルベルト。
まだ、お前が残っている。
その意味が。
少しだけ分かった気がした。
「決めた」
レオンが立ち上がる。
「何を?」
「レベルを上げない」
五人の顔が固まる。
「本気?」
「ああ」
「魔王倒せないわよ」
「別の方法を考える」
「そんな簡単に」
「簡単じゃない」
レオンも分かっている。
「敵を倒さなければ経験値は入らない」
ガルドが言う。
「だったら倒さない」
「魔物に襲われたら?」
「逃げる」
「逃げられなければ?」
「眠らせる」
「無理なら?」
「罠」
「それも無理なら?」
「説得」
ノアが目を輝かせた。
「それ私の担当!」
「お前は嫌われてるだろ」
「最近ちょっと改善した!」
「改善すると危ないって話してるんだけどな」
シオンが言う。
「殺さず制圧する方法ならある」
「本当?」
「ああ。毒、罠、拘束」
ポキッ。
「潜入以外なら任せろ」
「自分で言った」
ガルドも考える。
「敵の攻撃を受け流し、武器を奪う方法なら使える」
「力で倒さなくても?」
「ああ」
ミレイアが杖を見る。
「攻撃魔法以外にも、眠りや幻惑、結界がある」
エルナ。
「私は元々攻撃手段がほとんどありません」
「じゃあ問題なし」
「役に立っていないように聞こえますが」
「褒めてる」
「嘘ですね」
ノアが手を挙げた。
「じゃあ決まり?」
レオンは五人を見る。
弱い。
問題だらけ。
職業に向いていない。
魔王を倒しに行くパーティーとして考えれば、おそらく史上最低だ。
でも。
「強くならないで、魔王のところまで行く」
レオンが言う。
「無茶よ」
ミレイア。
「知ってる」
「死ぬかもしれない」
「怖い」
「即答なのね」
「怖いものは怖い」
「勇者なのに?」
レオンは少し考えた。
「勇者だから怖くないって、誰が決めたんだ?」
ミレイアが。
少し笑った。
「それもそうね」
六人は手を重ねた。
勇者。
魔法使い。
戦士。
魔物使い。
忍者。
僧侶。
本来なら、職業にふさわしい力を身につけていくはずの六人。
だが彼らは、その日。
世界で初めて。
強くならないことを目標にした勇者パーティーになった。
翌朝。
冒険者ギルド。
「次の依頼はこちらです」
受付嬢が紙を出す。
《凶暴化したオーガ二体の討伐》
レオンは紙を見る。
「討伐じゃなくて、追い払うだけでも達成になります?」
「え?」
「殺さなくてもいいですか?」
「まあ……街道からいなくなれば」
「よし」
レオンは依頼書を取った。
ミレイアが横から覗く。
「で、どうするの?」
「まだ考えてない」
「おい」
ガルドが言う。
「大丈夫」
「何がだ」
「俺たち六人いるし」
ノアが笑う。
「それ、根拠になってる?」
「全然」
シオンの首が鳴った。
コキッ。
「せめて出発前に作戦を決めろ」
「分かってる」
六人はギルドを出た。
その背中を。
二階の窓から、一人の神官が見ていた。
「対象六名」
誰もいない部屋で呟く。
「職業適合率の上昇を拒否する行動を確認」
机の上。
一枚の文書。
そこには六人の名前が並んでいる。
最上部には、赤い文字。
《不適合個体――観察対象》
神官は紙を折り畳んだ。
「中央教会へ報告する」
窓の外。
レオンたちは何も知らず歩いていく。
世界の仕組みから外れ始めた六人を。
世界の側もまた。
見つけ始めていた。




