第十一話 オーガを倒さない勇者
「確認します」
冒険者ギルドの受付嬢は、依頼書とレオンの顔を交互に見た。
「凶暴化したオーガ二体の討伐依頼です」
「はい」
「報酬は銀貨八十枚」
「はい」
「なのに、倒さず追い払いたい?」
「はい」
「……勇者様ですよね?」
「一応」
受付嬢の視線が、レオンの後ろに並ぶ五人へ移る。
銀紫色の髪をした魔法使い。
細身の戦士。
魔物に嫌われる魔物使い。
関節の鳴る忍者。
神を信じない僧侶。
もう一度レオンを見る。
「一応、ですね」
「納得しないでください」
依頼対象のオーガは、エスタ西部の街道を三日前から塞いでいるという。
すでに荷馬車が二台壊され、商人が軽傷を負った。
幸い死者はない。
「街道からいなくなれば依頼達成ですよね?」
「規定上は……そうですが」
「よし」
レオンは依頼書を受け取った。
ギルドを出た瞬間、ミレイアが言った。
「で?」
「何が?」
「作戦」
「今から考える」
「昨日から何も考えてなかったの!?」
「大丈夫」
「その根拠のない大丈夫をやめなさい」
ガルドが地図を広げる。
「まず現場を見るべきだ」
「賛成!」
ノアが元気よく手を挙げた。
「オーガなら私に任せて」
「なつくの?」
「なつかない」
「じゃあ何を任せるんだ」
「生態!」
西街道までは半日。
現場に着く前から、異変は分かった。
木が何本も折れている。
地面には巨大な足跡。
そして。
「いた」
シオンが低く言った。
ポキッ。
「どこ?」
「今ので気づかれない?」
「黙れ」
林の向こう。
二体のオーガがいた。
どちらも三メートル近い。
片方は太い木を棍棒代わりに持っている。
もう一体は街道の中央に座り、荷車から奪ったらしい袋を漁っていた。
「でかいな……」
レオンの声が若干震えた。
「怖い?」
ミレイアが聞く。
「めちゃくちゃ」
「正直ね」
「嘘ついて小さくなるわけじゃないし」
ノアが地面を調べ始める。
「ちょっと待って」
「何?」
「これ」
足跡。
街道から林の奥まで続いている。
「二体だけじゃない」
「増えるの?」
「違う」
ノアの表情が変わった。
「小さい足跡がある」
六人で林の奥へ回り込む。
岩陰。
そこに小さなオーガが二体いた。
子供だった。
「親子?」
レオンが呟く。
ノアが頷く。
「多分」
「じゃあ、街道を襲ってるのは」
「巣を守ってる」
調べると理由はすぐに分かった。
街道の拡張工事。
新しく切り開かれた道が、オーガの巣のすぐ近くまで迫っていた。
「凶暴化したんじゃない」
ノアが言う。
「人間が近づきすぎたから怒ってるだけ」
ガルドが腕を組む。
「だが街道を使えないままにはできない」
「移動してもらうしかないわね」
ミレイアが言う。
「どうやって?」
全員がノアを見る。
「私?」
「魔物使いだろ」
「嫌われるんだけど」
「知識がある」
ノアは少し考えた。
「オーガは縄張りへの執着が強い。でも、もっと安全で餌が多い場所があれば移動することもある」
「近くにある?」
「地図」
ガルドが開く。
ノアが指差した。
「ここ」
旧採石場。
人が使わなくなって十年以上。
森も近く、水場もある。
「じゃあ、そこまで誘導する?」
「誰が?」
沈黙。
五人がレオンを見る。
「俺?」
「勇者」
「便利な時だけ職業使うなよ」
一時間後。
レオンは街道の真ん中に立っていた。
手には巨大な肉の塊。
ギルドで非常食として買った干し肉を、ほぼ全部紐で束ねてある。
「食費三日分……」
遠くでミレイアが手を振る。
「レオン! 集中!」
「俺の財布の心配もして!」
オーガがこちらを見る。
「グォォォ……」
「うわ」
怖い。
非常に怖い。
「よし」
レオンは肉を振った。
「こっちだ!」
オーガが立ち上がる。
「グオオオオ!」
「思ってたより怒ってる!」
走る。
全力で走る。
背後で地面が揺れる。
「ガルド!」
「右!」
叫び声。
レオンは右へ飛ぶ。
巨大な棍棒が左側を叩き砕いた。
「死ぬ!」
「死んでない!」
「今のところな!」
進路上。
ミレイアが杖を構える。
「幻灯――誘導光!」
光の球が浮かび、採石場方向へ飛ぶ。
オーガが一瞬そちらを見る。
「今!」
シオンが木の上から縄を切った。
ポキッ。
「音いる?」
「切る動作で鳴った!」
大量の果実が坂道へ転がる。
オーガが追う。
ノアが叫ぶ。
「そっち! そのまま!」
「通じるの?」
「気持ち!」
「魔物使い要素どこ!?」
最後はガルドだった。
採石場入口を塞いでいた倒木。
以前の彼なら動かせなかった。
今なら。
「ぐ……」
持ち上げる。
「ガルド?」
「重い」
「無理するな!」
「いや」
一瞬。
ガルドの目が鋭くなる。
「力で解決する」
レオンの胸がざわついた。
適合率。
だが。
ガルドは途中で手を離した。
「……やめた」
「え?」
「六人いる」
レオンを見る。
「手伝え」
全員で押す。
「僧侶に肉体労働させるのですか」
エルナが文句を言う。
「神に頼んで!」
「いないものには頼めません」
「今それ言う!?」
六人で倒木を転がした。
道が開く。
オーガ一家は、果実と肉を追って採石場へ入った。
やがて。
姿が見えなくなった。
「…………」
レオンが地面に倒れた。
「終わった?」
ノアが採石場を覗く。
「うん。子供も移動してる」
「勝った?」
「倒してないけど」
「なら」
ミレイアが笑う。
「勝ったんじゃない?」
誰の身体も光らなかった。
《経験値を獲得しました》
その文字も出ない。
レベルも上がらない。
六人は顔を見合わせた。
「成功」
レオンが笑った。
初めてだった。
敵を倒さず。
レベルも上げず。
依頼を解決した。
「できるじゃん」
ノアが言う。
「ああ」
レオンは立ち上がった。
「このやり方なら――」
その瞬間。
視界の端で数字が光った。
《勇者適合率――14%》
「……え?」
十三だった。
いつの間に。
一%。
上がっている。
レベルは上がっていない。
敵も倒していない。
それなのに。
「レオン?」
エルナが気づく。
「どうしました?」
「……上がった」
「何が?」
「適合率」
笑っていた五人の表情が消えた。
レオンは数字を見る。
《14%》
その瞬間。
初めて六人は理解した。
レベルだけではない。
職業らしく行動することそのものが、彼らを職業へ近づけている。




