第十二話 正しくする人
オーガを殺さず街道から移動させた。
普通なら褒められてもいいはずだった。
「前例がありません」
ギルド受付嬢は困った顔をしていた。
「討伐対象を移住させて依頼を達成した勇者パーティーは」
「じゃあ記念すべき第一号で」
「そういう問題でしょうか」
「報酬は?」
「そこ重要なんですね」
「宿代かかるので」
結局。
依頼達成は認められた。
報酬も満額。
ただし討伐証明となる部位がないため、記録上は《特殊解決》という扱いになった。
「特殊解決」
ノアが嬉しそうに言う。
「かっこいい!」
「微妙じゃない?」
ミレイアは不満そうだった。
「勇者パーティーの活動記録にずっと残るのよ」
「いいじゃん」
「第一回、ゴブリン三匹に苦戦。第二回、オーガと話し合い」
「話し合ってないぞ」
「肉で釣っただけ」
シオンが言う。
ポキッ。
「そして忍者は音で位置を知らせる」
「その記録は消せ」
久しぶりに笑いが起きた。
だが。
レオンだけは気になっていた。
十四%。
敵を倒さなくても上がった。
何をしたから?
親子を助けたから。
仲間を守ったから。
怖くても囮になったから。
つまり。
勇者らしい行動をしたから?
「面倒くさいな」
宿へ向かいながら呟く。
「何が?」
ミレイア。
「勇者らしくするなって言われても、どうすればいいんだよ」
「怯えて逃げ回れば?」
「それは普通に嫌だ」
「じゃあ魔王に土下座する」
「嫌だよ」
「勇者適合率は下がりそう」
「人間としての何かも下がるだろ」
宿の前。
白い法衣を着た男が待っていた。
三十代後半。
薄茶色の髪。
穏やかな笑顔。
胸には教会の銀色の紋章。
「勇者レオン・アルヴァ様ですね」
レオンの足が止まる。
「はい」
「初めまして」
男は頭を下げた。
「中央教会巡察司祭、ロデス・フェインと申します」
エルナの目が細くなる。
「中央教会?」
「ええ」
ロデスは微笑んだ。
「皆様へ祝福をお届けに参りました」
「いりません」
エルナが即答した。
「早いな!」
レオンが小声で突っ込む。
ロデスは笑顔を崩さない。
「セレス僧侶様は、相変わらず信仰に対して独特なお考えをお持ちだとか」
「相変わらず?」
エルナが反応する。
「私をご存じなのですか」
「教会所属の僧侶については記録があります」
「随分と便利な記録ですね」
「神に仕える者ですから」
「私は仕えていません」
「いずれ理解なさいます」
ロデスは宿の一室を借りていた。
話を聞くだけなら。
ということで六人も入る。
テーブル中央に。
銀色の器具が置かれていた。
六枚の金属板。
円形に並んだ魔法石。
「これは?」
ミレイアが訊く。
「《天職調律環》です」
「聞いたことない」
「一般には使われません」
ロデスは穏やかに続ける。
「天職との結びつきが弱い方の能力を安定させるための器具です」
レオンたちの空気が変わる。
「結びつきが弱い」
ガルドが言う。
「つまり適合率?」
ロデスの笑顔が。
一瞬。
止まった。
「その言葉を、どちらで?」
「能力表示に出ています」
「……なるほど」
「知ってるんですね」
レオンが訊く。
「ええ」
「図書館には何も書いてなかった」
「一般の方が知る必要はありませんから」
「どうして?」
「混乱を招きます」
「じゃあ説明してください」
ロデスは六人を見る。
「職業適合率とは、天職から授けられた恩恵をどれほど正しく受け入れているかを示す数値です」
「正しく」
エルナが繰り返す。
「百%になれば?」
「天職として完成します」
アルベルト。
勇者として完成すれば。
まだ、お前が残っている。
「完成したら、自分の昔のこと忘れます?」
レオンが聞いた。
ロデスは少しだけ首を傾けた。
「些細な記憶が整理されることはあります」
「整理?」
「必要のない感情。迷い。恐怖。執着」
レオンの指が動く。
「それ、消えるってことじゃないですか」
「より優れた存在になるのです」
「誰にとって?」
ミレイアだった。
ロデスが彼女を見る。
「何でしょう」
「誰にとって優れているんです?」
「世界にとってです」
静かになる。
ロデスは銀色の器具へ手を伸ばした。
「皆様は適合率が非常に低い」
「知ってます」
「ですが心配はいりません。この調律環を使用すれば、短期間で三十%前後まで引き上げられます」
ノアが顔を引きつらせた。
「三十?」
「はい」
「私、十一なんだけど」
「なら、大きな恩恵を受けるでしょう」
「魔物がなつく?」
「当然です」
ノアが黙った。
「ガルド様なら筋力」
ガルドを見る。
「シオン様なら隠密」
シオン。
「ミレイア様なら完全詠唱」
ミレイア。
「エルナ様には信仰」
エルナ。
「それだけは絶対に嫌です」
「即答ですね」
最後に。
「そしてレオン様」
「俺は?」
「恐怖がなくなります」
その言葉。
レオンは反射的に自分の手を見た。
いつも震える。
魔物を前にすれば怖い。
死にたくない。
逃げたい。
「勇者が恐怖を感じなければ」
ロデスが言う。
「あなたはもっと強くなれる」
一瞬だけ。
魅力的に聞こえた。
怖くなくなる。
魔王の前でも震えない。
仲間を守れる。
「レオン」
ミレイアの声。
我に返る。
ロデスが金属板を差し出した。
「試してみますか?」
レオンが手を伸ばす。
触れる直前。
「やめて」
エルナが言った。
「何で?」
「あなたが怖がらなくなったら」
レオンを見る。
「それはもう、あなたの勇気ではありません」
レオンの手が止まった。
ロデスの笑顔が。
わずかに薄くなる。
「セレス様」
「何でしょう」
「あなたは僧侶でありながら、長く神を否定されています」
「ええ」
「苦しくありませんか?」
「全然」
「天職に逆らうのは」
「あなた方が勝手に決めた天職でしょう」
部屋の空気が凍る。
「神がお決めになったものです」
「そうですか?」
エルナが笑う。
「神ご本人に聞いたのですか?」
「不敬です」
「存在しない相手に不敬も何もありません」
「エルナ」
レオンが止める。
「話が終わらなくなる」
「残念です」
ロデスは器具を片付けた。
「では今回はお断りということで」
「はい」
「ただ」
出口で振り返る。
「天職に逆らい続ければ、いずれ苦しくなる」
六人を見る。
「世界は、正しい場所へ戻ろうとしますから」
扉が閉まった。
沈黙。
ノアが言った。
「……あの人、怖い」
「笑ってただけなのにな」
「だから怖い」
シオンが窓へ近づいた。
「もういない」
「早いな」
「いや」
シオンが下を見る。
宿の裏路地。
「最初から一人ではなかった」
黒い馬車が一台。
その周囲に、教会騎士が四人。
ロデスが乗り込む。
馬車が動き始める。
誰も知らなかった。
その中でロデスが一枚の報告書を書いていることを。
《対象六名、調律拒否》
《自己意識による天職抵抗を確認》
そして最後に。
《矯正段階――第二級へ移行を申請》




