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『勇者ですが、勇気しかありません』  作者: asnt2026


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第八話 職業に嫌われた子供たち

ラグナを出て二日。


 六人は北へ向かっていた。


「強くならない方がいいってこと?」


 歩きながらノアが訊いた。


「まだ分からない」


 レオンは答えた。


「でもアルベルトさんを見たら……」


「百%になりたいとは思わないわね」


 ミレイアが言った。


「私はあそこまで無表情じゃない」


「今のところは」


「どういう意味?」


「別に」


「レオン」


「はい」


「最近、私に何か言いたそうよね」


「そんなことない」


「こっち見なさい」


 逃げるように前へ出る。


「分かりやすい男」


 エルナが呟いた。


「聞こえてるぞ」


 シオンの膝が鳴る。


 パキッ。


「お前は今日も元気そうだな」


「殺すぞ」


「忍者が堂々と殺害予告するな」


 こうして話していると。


 何も変わっていないように思える。


 いつもの六人だ。


 だからこそ。


 レオンは今の時間を妙に大切に感じていた。


 夕方。


 小さな村へ到着した。


 人口百人ほど。


 宿屋もないため、村長の家の納屋を借りることになった。


「勇者様が泊まる場所じゃありませんが」


 村長が頭を下げる。


「いや、十分です」


 レオンは笑った。


「王都出てから、野宿もしましたし」


「熊と同じ穴で寝たこともある!」


 ノアが言う。


「あれはお前が勝手に入ったんだろ」


「雨降ってたから」


「熊の方が驚いてたぞ」


「最終的に仲良くなれたし」


「追い出されただけだ」


 村長も笑った。


 夕食後。


 レオンは一人で村を歩いていた。


 小さな井戸。


 畑。


 家畜小屋。


 平和な村だ。


「勇者さん」


 声をかけられた。


 振り返る。


 一人の老人。


 背中が曲がっている。


「はい?」


「ちょっといいかね」


「もちろん」


 老人はレオンの腰の剣を見る。


「本当に勇者か」


「一応」


「一応?」


「自信ないんです」


 老人が笑った。


「珍しい勇者だな」


「よく言われます」


 その時。


 老人の目がレオンの能力表示の辺りへ向いた。


「十二%か」


 レオンの表情が変わった。


「見えるんですか?」


「昔はな」


「職業適合率を?」


 老人は頷いた。


「懐かしい」


「待ってください」


 レオンは老人へ近づく。


「これ、何なんです?」


「知らない方がいい」


「それ、最近よく言われるんです」


「なら皆、賢いんだろう」


「俺たちは困ってるんです」


 老人が黙る。


 レオンは続けた。


「仲間が少しずつ変わってる気がする。レベルが上がるたび、職業に向いていく。でも……」


「人間じゃなくなる」


 老人が言った。


 レオンの背筋が固まった。


「知ってるんですね」


「……昔の話だ」


「教えてください」


 老人は周囲を見る。


 誰もいない。


「昔、この村には六人の子供がいた」


「六人?」


「ああ」


「お前たちに似ていた」


 レオンの心臓が早くなる。


「勇者だったんですか?」


「違う」


 老人は首を振った。


「職業に嫌われた子供たちだ」


「職業に……嫌われた?」


「戦士なのに剣が握れない。魔法使いなのに魔力が少ない。僧侶なのに祈れない」


 レオンは息を呑んだ。


「俺たちと同じ……」


「村では出来損ないと呼ばれていた」


「その人たちは?」


 老人の表情が曇る。


「連れていかれた」


「誰に?」


「教会だ」


 レオンの身体が強張る。


「教会?」


「適性を矯正すると言ってな」


「矯正?」


「ああ」


「その後は?」


 老人はしばらく答えなかった。


「戻ってきた」


「じゃあ――」


「別人になってな」


 風が吹く。


「戦士だった子は強くなった。魔法使いだった子も立派に呪文を唱えた」


「だったら」


「母親の顔を覚えていなかった」


 レオンは言葉を失った。


「子供の頃の呼び名も、自分の好きだった花も、嫌いだった食べ物も」


「全部?」


「全部だ」


 老人がレオンを見る。


「代わりに職業だけが残った」


 アルベルトを思い出す。


 魔王を倒した。


 それ以外は必要ない。


「……何なんだよ、この世界」


 レオンは呟いた。


「小さい声で言え」


「なぜ?」


「聞かれている」


「誰に?」


 老人は空を見る。


 星が出始めている。


「世界に」


 レオンは笑えなかった。


「どういう意味です?」


 老人は答えようとした。


 その瞬間。


 村の教会の鐘が鳴った。


 カァン。


 一度。


 老人の顔色が変わる。


「もう行け」


「待って」


「明日の朝、北の井戸へ来い」


「何があるんです?」


「話の続きをする」


 老人は急いで離れていった。


「名前は?」


 レオンが叫ぶ。


 老人が振り返る。


「ハインツだ」


「ハインツさん!」


「誰にも言うな」


 老人は暗闇へ消えた。


 その夜。


 レオンはなかなか眠れなかった。


 職業に嫌われた子供たち。


 教会。


 矯正。


 そして、


 世界に聞かれている。


 意味の分からない言葉ばかりだった。


 翌朝。


 レオンは誰より早く起きた。


「どこ行くの?」


 ノアが目を擦りながら訊く。


「散歩」


「怪しい」


「何が」


「レオン、嘘下手だから」


 結局、全員ついてきた。


「誰にも言うなって言われたんだけど」


「私たちは仲間だから人数に入らない」


 ミレイアが言う。


「そういう理屈ある?」


 北の井戸へ到着する。


 誰もいない。


「早かった?」


 十分。


 二十分。


 三十分。


 ハインツは来ない。


「寝坊じゃない?」


 ノアが言う。


 レオンは嫌な予感がした。


「家、探そう」


 村へ戻る。


「すみません」


 畑仕事をしていた女性へ声をかける。


「ハインツさんの家ってどこですか?」


 女性は首を傾げた。


「ハインツ?」


「昨日会った老人です」


「この村にそんな人いたかねえ」


 レオンの笑顔が消える。


「村長なら知ってるはずだ」


 急いで村長宅へ。


「ハインツさん?」


 村長も首を傾げた。


「誰です?」


「昨日、村で会いました」


「どんな方です?」


「七十くらいの老人で、背中が曲がってて」


「うちの村にそんな老人はいませんよ」


 レオンたちは顔を見合わせた。


「そんなはずない」


「本当にいません」


「昔から?」


「はい」


 レオンは走り出した。


「レオン!」


 昨夜。


 老人が消えていった方向。


 確かその先に家があった。


 古い木造の家。


 そこだったはず。


 角を曲がる。


 立ち止まる。


「……ない」


 家がなかった。


 そこには。


 何年も使われていないような空き地が広がっていた。

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