第八話 職業に嫌われた子供たち
ラグナを出て二日。
六人は北へ向かっていた。
「強くならない方がいいってこと?」
歩きながらノアが訊いた。
「まだ分からない」
レオンは答えた。
「でもアルベルトさんを見たら……」
「百%になりたいとは思わないわね」
ミレイアが言った。
「私はあそこまで無表情じゃない」
「今のところは」
「どういう意味?」
「別に」
「レオン」
「はい」
「最近、私に何か言いたそうよね」
「そんなことない」
「こっち見なさい」
逃げるように前へ出る。
「分かりやすい男」
エルナが呟いた。
「聞こえてるぞ」
シオンの膝が鳴る。
パキッ。
「お前は今日も元気そうだな」
「殺すぞ」
「忍者が堂々と殺害予告するな」
こうして話していると。
何も変わっていないように思える。
いつもの六人だ。
だからこそ。
レオンは今の時間を妙に大切に感じていた。
夕方。
小さな村へ到着した。
人口百人ほど。
宿屋もないため、村長の家の納屋を借りることになった。
「勇者様が泊まる場所じゃありませんが」
村長が頭を下げる。
「いや、十分です」
レオンは笑った。
「王都出てから、野宿もしましたし」
「熊と同じ穴で寝たこともある!」
ノアが言う。
「あれはお前が勝手に入ったんだろ」
「雨降ってたから」
「熊の方が驚いてたぞ」
「最終的に仲良くなれたし」
「追い出されただけだ」
村長も笑った。
夕食後。
レオンは一人で村を歩いていた。
小さな井戸。
畑。
家畜小屋。
平和な村だ。
「勇者さん」
声をかけられた。
振り返る。
一人の老人。
背中が曲がっている。
「はい?」
「ちょっといいかね」
「もちろん」
老人はレオンの腰の剣を見る。
「本当に勇者か」
「一応」
「一応?」
「自信ないんです」
老人が笑った。
「珍しい勇者だな」
「よく言われます」
その時。
老人の目がレオンの能力表示の辺りへ向いた。
「十二%か」
レオンの表情が変わった。
「見えるんですか?」
「昔はな」
「職業適合率を?」
老人は頷いた。
「懐かしい」
「待ってください」
レオンは老人へ近づく。
「これ、何なんです?」
「知らない方がいい」
「それ、最近よく言われるんです」
「なら皆、賢いんだろう」
「俺たちは困ってるんです」
老人が黙る。
レオンは続けた。
「仲間が少しずつ変わってる気がする。レベルが上がるたび、職業に向いていく。でも……」
「人間じゃなくなる」
老人が言った。
レオンの背筋が固まった。
「知ってるんですね」
「……昔の話だ」
「教えてください」
老人は周囲を見る。
誰もいない。
「昔、この村には六人の子供がいた」
「六人?」
「ああ」
「お前たちに似ていた」
レオンの心臓が早くなる。
「勇者だったんですか?」
「違う」
老人は首を振った。
「職業に嫌われた子供たちだ」
「職業に……嫌われた?」
「戦士なのに剣が握れない。魔法使いなのに魔力が少ない。僧侶なのに祈れない」
レオンは息を呑んだ。
「俺たちと同じ……」
「村では出来損ないと呼ばれていた」
「その人たちは?」
老人の表情が曇る。
「連れていかれた」
「誰に?」
「教会だ」
レオンの身体が強張る。
「教会?」
「適性を矯正すると言ってな」
「矯正?」
「ああ」
「その後は?」
老人はしばらく答えなかった。
「戻ってきた」
「じゃあ――」
「別人になってな」
風が吹く。
「戦士だった子は強くなった。魔法使いだった子も立派に呪文を唱えた」
「だったら」
「母親の顔を覚えていなかった」
レオンは言葉を失った。
「子供の頃の呼び名も、自分の好きだった花も、嫌いだった食べ物も」
「全部?」
「全部だ」
老人がレオンを見る。
「代わりに職業だけが残った」
アルベルトを思い出す。
魔王を倒した。
それ以外は必要ない。
「……何なんだよ、この世界」
レオンは呟いた。
「小さい声で言え」
「なぜ?」
「聞かれている」
「誰に?」
老人は空を見る。
星が出始めている。
「世界に」
レオンは笑えなかった。
「どういう意味です?」
老人は答えようとした。
その瞬間。
村の教会の鐘が鳴った。
カァン。
一度。
老人の顔色が変わる。
「もう行け」
「待って」
「明日の朝、北の井戸へ来い」
「何があるんです?」
「話の続きをする」
老人は急いで離れていった。
「名前は?」
レオンが叫ぶ。
老人が振り返る。
「ハインツだ」
「ハインツさん!」
「誰にも言うな」
老人は暗闇へ消えた。
その夜。
レオンはなかなか眠れなかった。
職業に嫌われた子供たち。
教会。
矯正。
そして、
世界に聞かれている。
意味の分からない言葉ばかりだった。
翌朝。
レオンは誰より早く起きた。
「どこ行くの?」
ノアが目を擦りながら訊く。
「散歩」
「怪しい」
「何が」
「レオン、嘘下手だから」
結局、全員ついてきた。
「誰にも言うなって言われたんだけど」
「私たちは仲間だから人数に入らない」
ミレイアが言う。
「そういう理屈ある?」
北の井戸へ到着する。
誰もいない。
「早かった?」
十分。
二十分。
三十分。
ハインツは来ない。
「寝坊じゃない?」
ノアが言う。
レオンは嫌な予感がした。
「家、探そう」
村へ戻る。
「すみません」
畑仕事をしていた女性へ声をかける。
「ハインツさんの家ってどこですか?」
女性は首を傾げた。
「ハインツ?」
「昨日会った老人です」
「この村にそんな人いたかねえ」
レオンの笑顔が消える。
「村長なら知ってるはずだ」
急いで村長宅へ。
「ハインツさん?」
村長も首を傾げた。
「誰です?」
「昨日、村で会いました」
「どんな方です?」
「七十くらいの老人で、背中が曲がってて」
「うちの村にそんな老人はいませんよ」
レオンたちは顔を見合わせた。
「そんなはずない」
「本当にいません」
「昔から?」
「はい」
レオンは走り出した。
「レオン!」
昨夜。
老人が消えていった方向。
確かその先に家があった。
古い木造の家。
そこだったはず。
角を曲がる。
立ち止まる。
「……ない」
家がなかった。
そこには。
何年も使われていないような空き地が広がっていた。




